恐竜の卵を使ったお菓子コンテストは、地元の大手菓子メーカーが主催するものである。
ローカルゆえに参加者はさほど多くなかったが、実質セラミックと森岡世志乃のプライドを懸けた勝負の舞台に他ならなかった。
己の持てる力を尽くし、才能の全てを出し切る覚悟の世志乃は、コンテストに入賞して目的を果たすため、考え得るできる限りの事をした。セラミックに色々な意味で勝つためには、手段を選ばなかったのである。
彼女は豊富な資金力をバックに、アドバイザーとして菓子研究家のフランソワーズ・山川を迎え入れる事にした。フランソワーズはフランス人を母親に持つ、うら若きパティシエール。ウエーブが掛かった美しいショートヘアとエキゾチックな美貌を誇る新進気鋭の女流専門家だ。
今日も森岡世志乃は、神戸にあるフランソワーズの菓子製造許可付きキッチンにて、コンテストに出品するお菓子のアイデアをひねり出しつつも試行錯誤を繰り返していた。広くて明るい清潔なキッチンは機能的で、調度品は照明を鈍く反射し、黒光りしているほどだ。
木箱の中には、大人の握り拳よりも大きな養殖ヒプシロフォドンの卵が数十個、籾殻に包まれて顔を覗かせている。薄いエメラルドグリーンの色した草食恐竜の卵は、まるで宝石か何かのようだ。
「フランソワーズ、どうかしら? ついに届いた恐竜の卵のお味は……」
「う~ん、これは凄い。初めて味見したけど、とっても濃厚でコクがあるわ。特に熱を加えると、風味が増してクリーミー。もっと雑で大味かと思ったけどね」
『これは、あらゆるお菓子に使える』と確信したフランソワーズの頬が紅潮した。世志乃とお揃いにした白ユニフォームと赤いスカーフが笑顔に映える。
腰に焦茶色のエプロンをした世志乃が言う。
「卵を使ったスイーツと言えば、洋菓子全般かな。その中で最も合いそうな、ベストチョイスは何なのかしら? 選ぶ範囲が広すぎて、簡単には絞り込めませんわ」
「世志乃さん、コンテスト主催の会社、“まねや”の主力商品は洋菓子のバームクーヘンらしいけど、元々は和菓子屋からスタートしたそうじゃない」
「ええ、それは私から提供した情報の通りよ」
「だったら意表を突いて和菓子で挑戦してみたらどう?」
「ええ!? アンコが主体の和菓子で卵を使った物なんてあったかしら?」
「あるある、洋菓子風な和菓子。どら焼き、カステラなんかがそう」
「カステラって和菓子だったの? 江戸時代からあるから? 私も当然知っていましたけど、さすがは専門家ですわね」
森岡世志乃は何かが頭の中に閃きそうになって、思わず顎に手を添えて考え込む。だが、フランソワーズに先を越されてしまった。
「そこで私、思い付きましたが、ニワトリの足先を肉屋ではモミジって呼ぶのを知ってますか?」
「何をいきなり?! いや……まあ、不気味だけど、言われてみればモミジの葉っぱ……ぽいかな」
「連想してみてよ! 世志乃さん~、モミジだよ、も・み・じ」
「う~ん、ちょっと待ってくださいな」
「ヒント、広島名物、安芸の宮島」
「もみじ饅頭!」
「そう! 正解! 恐竜の足跡って何に見えるかな?」
「そうか、大きなモミジの葉っぱに見えなくもないですわね! もう私にはフランソワーズのアイデアが分かってしまいましたわ」
「フフフ、そうです。恐竜の足跡をかたどった、もみじ饅頭を作るのです」
「中には恐竜の卵を使ったカスタードクリームを入れましょうよ」
「いいね~、やっと固まったね。文句ないでしょ? 世志乃さん」
「ええ、早速ですが試作品を作ってみましょう」
「よしきた! ネーミングも考えといてね」
「ええ~、お洒落でカワイイ名前がいいな……そうだ! その大きさからカエデ饅頭ってのは?」
「世志乃さんのセンス……それのどこが、お洒落でカワイイの……」
キッチンに巨大な卵を割る音が聞こえると、2人の美女が慌ただしくもテキパキ華麗に動き始めたのだ。
「見てなさい、セラミック……私は絶対に負けないから」
久々に本気モードの森岡世志乃は、熱くなるほど燃えていた。