「セラミック! 真美さんと健一君は無事だぞ! 救援隊にも俺達が生きている事が伝わったはずだ!」

 崖上にドローンを着地させた松上は、VRゴーグルを外してセラミックの元に急いだ。

「おおっ! ついにやったな、セラミック! 恐竜ハンティングに初めて成功したじゃないか! おまけに誰からもサポートを受けずに、たった1人で倒したのか……。しかも初戦果が肉食恐竜だなんて、こいつは凄いぞ! 成体じゃないとはいえ、獰猛なトルヴォサウルスを狩るとはね……。もし初心者だったら、真美さんや健一君、いやいや俺にだって無理かなと思う。本当におめでとう、今日から君は……」

「はい……」

 松上からこの上ない賞賛の言葉を貰っても、セラミックは複雑な表情のままだった。無理に口元を歪めて笑顔を作るのが精一杯。3発もの銃弾を至近距離から食らい、血まみれで息絶えたトルヴォサウルスの最後に茫然自失となり、視線が釘付けになると同時に視点が宙を彷徨った。

「……しっかりしろ、君は恐竜ハンターなんだろ」

「松上さん、私、私……!」

 松上はセラミックから89式小銃を奪うように受け取ると、代わりにドローンのコントローラーを渡し、VRゴーグルをセラミックの頭から被した。

「うわ!? 何ですか急に」

「悪いがドローンの操縦を代わってくれ。君ならレクチャーしなくても、きっとできる。大丈夫だ、飛ばせるよ、たぶんね!」

「ちょっと無理です。感覚が……掴めません。本当に自分の周囲で何が起こっているのか、全く分からなくなりますね」

「いいからドローンのバッテリーが続く限り、救援隊を崖下にまで案内してやってくれ。落とすんじゃないぞ」

 弾倉を銃から外すと、松上は残弾を慎重にカウントした。残り8発である事を確認すると、軽く奥歯を噛み締めた。
 肩の傷口が疼き、腕の感覚も消失ぎみ。まともに銃が構えられない自分のコンディションを瞬時に悟ったのだ。若干、意識が朦朧として、立っているのがやっとな状態である。

「真美さんが、ドローンのカメラ越しに何か伝えてきますよ! 紙に書かれた文字にはピントが合いにくいなぁ。え~と、『通信機を・ドローンに・しばりつけるから・回収しろ』だって……」

 セラミックが独り言のような報告をしている間、ついに松上はフラついて片膝を着いてしまった。しかしながらVRゴーグルを装着し、集中している彼女には当然その事は分からない。

「――逃げろ、セラミック」

「え? 何言ってるんですか? 聞こえませんよ、松上さん」

「早く洞窟まで逃げろってんだ! お客様がまた来たぜ」

 ゴーグルを首に掛けると、ライオンの鬣をした恐竜が4、5頭連れだって鬱蒼とした森から姿を現した。臭いに敏感な奴らは、キョロキョロとしながら白い瞬膜を水平方向に動かし、盛んに瞬きを繰り返している。

「ドローンはもういいから、先に逃げろ」

「松上さん!」

「すまないな、セラミック。もう武器は棒の先に括り付けたナイフしかないのだ。これでも、ないよりは幾分かマシだろう。さあ、お願いだから行ってくれ」

 あくまで冷静な松上は、先頭のトルヴォサウルスに向かって発砲した。警告のつもりだったが、手元が震えて胴体をかすめただけだった。

「そして隠れたら、残り火を使って、もう一度火を起こすんだ!」

 セラミックは渡された短いナイフ槍の柄を握ると、首肯する代わりに松上の後ろからピッタリと背中合わせとなり、立つのを支えた。

「おいおい、俺の言う事を聞いてくれよ……」

 彼は苦笑すると、もう何も言わずに黙ってしまった。
 1頭が仲間の死体を貪る間、残りの肉食恐竜が見慣れぬ獲物に向かって早足で接近してくる。

「来るな馬鹿恐竜! 逆に食っちまうぞ!」

 猫の鳴き声に似た音を発しながら、群れは互いにコミュニケーションを図っているようだ。連携が上手にできているという事は、高度な頭脳を持つ証でもある。
 松上は息を止めて、最も大きな体躯をもつ個体に狙いを定め、慎重に引き金を引いた。
 顎にヒットしたライフル弾は、シャッと短い叫びを残して群れのリーダー格を脱落させる。驚いた事にトルヴォサウルスの統率は、その後も乱れる事はなかったのだ。