ちびステゴサウルスがうろついていた事から、肉食恐竜の饗宴は大方収まったのかもしれない。

「ちょっと外の様子を見てきます」

 セラミックは、気まずい雰囲気から逃れるように松上を残して洞窟外の偵察に向かった。
 曇っていた空は嘘のように晴れ渡り、恵みの雨は古代のシダ植物群を生き生きと蘇らせたのだ。所々に水溜まりが残る崖下に、土砂に半分埋まったアロサウルスの姿が確認できた。
 恐る恐る銃を構えながら近付くと、2~3匹の1メートルにも満たない小型肉食恐竜が、ここぞとばかりに巨大な死骸の上に乗って肉を啄んでいるのが見えた。
 背後にただならぬ気配を感じる。セラミックは緊張して、振り向きざまに銃口を定めた。

「夜行性のジュラヴェナトルがまだ活動してやがる」

「ひゃあ!」

 服を着た松上が、いつの間にか背後に陣取り、食い荒らされたアロサウルスの上半身を口惜しそうに眺めていた。

「もう、驚かせないでくださいよ! 一言声を掛けたらどうなんです~」

「珍しい獣脚類だからな。我々に気付いて逃げ出す前に観察しておきたいのだ。カラスみたいな羽毛恐竜だなぁ」

「いいんですか? 大事なアロサウルスが、骨だけになっちゃいますよ」

「埋まっている下半身は無傷だよ。でも今日は雨も止んだし、臭いに釣られた大型の肉食恐竜が森を抜けてやってくるかもな」

 残された銃弾は僅かだ。昨日のアロサウルス群に向けた3点バーストによる無駄な発砲を、今更ながらに後悔した。その時、顔を上げたセラミックは、朝日に反射する不自然な金属光沢を目にして、松上の服を引っ張る。

「ほら! 枝に引っ掛かっている、あれを見てくださいよ、松上さん!」

「ひょっとしてあれは……でかしたぞ! セラミック」

 2人はジュラ紀に存在する事は、あり得ない機械製品……ドローンの無線操縦装置に付いているベルトをたぐり寄せ、急いでコントローラーを回収した。

「やったぞ、奇跡的に土砂に埋まらず、下まで落ちてきたんだ」

 祈るような気持ちで電源を入れる……落下の衝撃と、雨に濡れたにも関わらず、機能は正常だった。

「壊れていないようだぞ。さすが日本製! そうだ、俺のVRゴーグルはどこだ?」

 セラミックは、松上の首に掛かったままだったVRゴーグルを洞窟まで取りに戻った。

「おおっ! こっちも大丈夫だ。ドローンのバッテリーもまだ生きているかも」

 松上はコントロールを失い、森のどこかに墜落したままであろうドローンの状態を確認する。するとドローンのカメラからの映像が、VRゴーグルまで送信されてきた。試しにプロペラを回すと、何かに絡まっているようだが、機体が僅かに動いた。無線操縦可能なギリギリの距離のようである。

「セラミック! 我々はまだ、運に見放されていないようだ!」

 そう叫んだ瞬間、鬱蒼とした森の中から中型の肉食恐竜が奇声を上げて姿を現した。それを見た黒いジュラヴェナトルは一斉に食事を止めて飛び上がる。信じられないほどのスピード。鳥のような、すばしっこさだ。

「きゃ――っ! またアロサウルス!?」

「いや、たぶんトルヴォサウルスの子供だな。よく似ているが、羽毛の色がまるで違うじゃないか」

「よく落ち着いていられますね」

 セラミックは、トルヴォサウルスが豆恐竜を威嚇している内に、松上と洞窟まで走って隠れた。

「はあ、はあ……生きた心地がしません」

「なあに、まだ2日目じゃないか。今日ぐらいに救援隊が駆け付けてくれるはずだ」

「松上さんは、随分と楽観主義者なんですね。でも、そういうのは嫌いじゃないです」

「そうさ、生き残るための秘訣かな。いや、熱があるから頭がボーッとしているだけなのかもしれない」

 そう言いながら松上は、どこから拾ってきたのか、大きな恐竜の卵を2個ポケットから取り出すと、セラミックに見せた。

「また火を起こして朝食にしよう。ランチョンミート缶が残っているだろう? 調味料がないから缶詰の塩分を利用するのだ」

 セラミックは無言で頷くと、くしゃっと精一杯の笑顔を彼に捧げたのだ。