「う~ん……」
セラミックは、顔に降りかかる2、3滴の雨粒で目が覚めた。数十メートルの滑落で、頭を少し打ったようだが、途中の草木がクッションとなり、擦り傷程度で済んだようだ。背中の89式小銃も脊椎を守ってくれたのかもしれない。
「……そうだ、松上さん! 松上さん、どこですか?! 返事して下さい!」
崖下の付近一帯は、土砂崩れの湿った土の臭いが充満し、大小の岩や倒木も散らばっていた。
「……!」
半分土砂に埋まっている図体の大きなアロサウルスは、すぐに発見できたのだが、肝心の松上がいない。
時間が経つにつれて、焦りからくる動悸が激しくなってきた。
「松上さん!」
崖に群生していたシダ植物に覆い被さるような形で、松上が崖の途中に引っ掛かっていた。落下時に岩か木に接触したようで、頭部から出血し、左肩口のシャツは赤い鮮血で染まっている。
『本当に意識を失っているだけ?』……セラミックは生死不明である松上の無残な姿に胸が張り裂けそうになった。
「今、助けに行きますよ!」
返事がない事が気掛かりだ。果敢にもセラミックは、危険な救助に向かった。小雨がパラつき始めているので、放っておけば不安定な崩落現場は更に酷い状況になりそうだったのだ。
彼女とて、さすがに全くの無傷という訳でもなく、全身に擦過傷や打撲のダメージが所々に連なっていた。そのため一挙手一投足のたびに体のあちこちから、顔をしかめるような激痛が伴う。
ようやく松上の元に辿り着いた時、恐る恐る彼の顔に耳を近付けてみた。そして脈と呼吸がある事に胸を撫で下ろしたのだ。
「セラミック……無事なのか?」
「ひゃっ!」
口元に最接近した時に、予想外の言葉が発せられ、セラミックは仰け反った。はずみで2人は地面まで転げ落ちてしまった。
「痛いですよ……松上さん」
「それは、こっちの台詞だ。頭を打ったかもしれないのに不用意に動かすんじゃない」
「額から血が流れていますよ、本当に大丈夫なんですか?」
「おいおい、君もだよ、セラミック」
「え……? きゃああ!」
松上とセラミックは、取りあえず負傷の程度をお互いに確認し合った。特に松上は、落下のショックで左肩に何かが刺さった跡のような傷口が開き、ボタボタと出血している。幸いにも骨折まではしていないようだ。
額の血を拭いて貰ったセラミックは、唯一残っていた松上のリュックをあさる。
「布で暫く縛って、止血してみます」
「すまないな」
「いえいえ、後で私の怪我も診て下さいね」
「それにしても崖の上からは声がしてこないな。2次遭難を防ぐために、捜索は断念したか」
松上晴人は吉田真美と中山健一が、生きている事を前提に話をしている。しかし、あのアロサウルスが現れたのだ。……最悪の場合は……いや、そんな事は考えないでおこう。上でも2人だけで臨機応変に対応し、今は救援隊に出動要請を済ませた頃合いだろう。
俄に周囲が暗くなり、土砂降りの気配がした。運悪く天候が悪化し、雨も本降りになってきたのだ。
「くそ~、泣きっ面に蜂だな、こりゃあ」
「あっ! よく見ると、崖下に洞窟のような穴が開いてますよ!」
「何が潜んでいるか分からんが、とにかく行ってみるぞ、セラミック」
「はい!」
セラミックは、松上が無理に会話を続けている事を悟ってしまった。おそらく彼女の不安を払拭させるためか、余計な心配をかけさせまいとしているのだろう。彼の足取りはおぼつかず、ふらついて真っ直ぐに歩けないほどだ。
「しっかりして下さい、松上さん」
「頭を打ったからかな、君が天使に見えるよ」
「何言ってるんですか、私は最初からエンジェルですよ」
「ははは……」
なぜか少し涙が出た。セラミックは松上に肩を貸して洞窟に向かう時、その事を雨で濡れたせいにしたかった。