ジュラ紀の世界は雨期を迎えていた。中生代エレベーター基地の周辺は年中温暖で、四季を思わせる気温の変化は曖昧となっている。
久方ぶりのジュラアナ長野へのダイブに中山健一は、いつになく興奮気味だ。とは言っても松上晴人ほど人格が豹変する訳でもなく、現代と同じで平常運転だ。サファリ・ルックで先頭を歩く彼は.50ベオウルフと呼ばれるスペシャルな大口径銃を大事そうに抱えながら、最後尾の男に呼びかける。
「未だに歩きなの? トラックやオフロード車を導入する計画はどうなったのよ~」
「ジュラ紀に持ち込む物資は、現時点でも必要最小限と決められている。車は分解すりゃ、いくらでもこっちに持ってこれるんだが……制限を設けなきゃ、古代環境を汚染しまくって、未来にどんな悪影響を及ぼすか分かったもんじゃないからね」
そう答えつつ、ショットガン片手に地図を眺めるのは松上晴人。いつもの殿ポジションで、アロサウルスの目撃情報があった北西の大河地区にチームを向かわせる。背中には今回、新兵器である偵察用ドローンを背負って意気揚々だ。ドローンはX字型のアームの先端にそれぞれ4枚プロペラを付けたヘリコプタータイプである。
「皆、何を恐れてるのかしら? 車1台で、恐竜が絶滅するとでも?」
そんな中山健一の無責任とも取れる呟きに、すぐ後ろの吉田真美はカチンときた。
「現在に至ってもね、恐竜絶滅に関する決定的な原因は究明中なのよ。あんた『風が吹けば桶屋が儲かる』っていう日本の示唆に富んだ、ありがたい諺を知らないの?」
3番目を歩くセラミックは、吉田と同じ89式小銃を担ぎ直して言う。
「え~、絶滅の理由? 巨大隕石衝突説が超有名で、メキシコかどっかに証拠のクレーターがあるって、私でも知ってますよ!?」
松上リーダーは、前を行くセラミックの背中に刺繍されたディフォルメ・アロサウルスのエンブレムを眺めながら口を挟んだ。ちなみにβチームの制服デザインも、松上が一手に引き受けている。
「ジュラアナ長野は恐竜絶滅の原因を探る上でも、かなり重要って事だねぇ! ……祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を現わす……だったっけ? 国語は苦手だな! 我々人類も非常に危ういバランスの上に成り立っているから、いつ恐竜と同じ運命をたどっても、おかしくはないよ~」
「あら、随分と説教臭いわね」
振り返った中山健一は、セラミックと親しげに話す松上晴人をチラ見した後で、急に立ち止まった。
「ぐわぁ!」
「きゃあ!」
松上はセラミックのジャングルブーツを踏んでバランスを崩し、絡みついてしまった。
「おい、セラミック! 俺が背負っているドローンは大丈夫かどうか見てくれ」
「私よりドローンの心配ですか……」
セラミックはプニプニしているほっぺを更にプクッと膨らませた。そして先頭から聞こえてきたのは情けない声。
「いや~ん! ウ○コ踏んじゃった!」
彼は丘の向こうでソテツの葉を食んでいるカンプトサウルスが落としたと思われる糞を、モロに踏んづけてしまったのである。