場の空気が1℃ほどクールダウンした頃合いを見計らって、松上晴人は改めて3名の前でブリーフィングを開始した。

「皆、よく聞いてくれ。βチームの正規メンバーである中山君が戻ってきた事もあり、かねてから迷っていた依頼を受けようと思う」

 当の中山健一は、久々となる調査捕竜――恐竜ハントへと向かうダイブ予定に気分を否応なく高揚させていた。

「何々? どういった内容なの? 松上研究員」

「中山君、まずは落ち着いて説明を聞きなよ」 

 少しイラついた真美さんが、必要以上に食い付く中山をたしなめた。セラミックは彼の隣の席で、ついクスクスと口を押さえつつも笑ってしまった。

「え~、ジュラ紀における最強の肉食恐竜でもあり、狩猟難易度トップクラスのアロサウルスだ」

「アロサウルス!?」

 一同は声を揃えた。無理もない、有名な割に今まで数回のハンティング成功例しか存在しない正に最高レベル恐竜、アロサウルス狩りに今回挑戦するというのだ。

「もし成功すれば、我々のチームもようやく一流として国際的に認められるって感じかな」

 松上の不敵な笑いに、真美さんは少し異を唱えたくなったようだ。

「国際的になんて……前回の日米合同作戦で十分だったじゃない。あんまし背伸びしなくてもいいよう」

「う~ん確かに。弱小、いや中堅のβチームには少々荷が重すぎるかもしれない。αチームもこの度は別のミッションに参加しているので、支援を得る事が難しいしな。だが、これは私の願いでもあるのだ」

 ホワイトボード中央付近にマグネットで固定された紙面を、松上は所在なげにペン先でノックした。

「私にとって子供の頃から一番好きな恐竜は、アロサウルスなんだよ。デカいだけのティラノサウルスじゃなくてね。肉食恐竜として最も完成された美しい姿形をしていると思う」

「なんだそりゃ。自分の都合じゃないの」

 現実主義者の真美さんは、松上の幼稚な男のロマンに付き合ってられないような台詞をこぼした。だが、松上が持つ、そういった面に惹かれて今まで行動を共にしてきたのも、また事実なのである。それに対して中山健一は同じ男としての理解を示し、セラミックの目を丸くさせた。

「あら、いいじゃない。私は特に反対しないわよ。安全面に配慮さえできていれば、松上君の夢に付き合ったげる」
 
 いつもなら松上からの依頼にすぐ合意するセラミックだったが、今回は違った。何だろう、うまく言えないが野生の勘が働いたのだ。こういった勘は決して馬鹿にはできない。優れた恐竜ハンターになるための資質とさえ言えるのだ。

「アロサウルスは集団行動の習性もあると聞きます。少人数での大型肉食恐竜狩りには危険が伴います」

「確かにそうだな。今回だけは見習いのセラミックには抜けて貰おうかと考慮しているのだ」

「ええ?!」

 セラミックは多少なりともショックを受けた。レアなアロサウルスの目撃情報に舞い上がり気味の松上晴人から戦力外通告を受けた気分となった。もちろん、それは自分の安全を最優先してくれる松上の思いやりである事は、瞬時に容易く理解できていたのだが……。

「いいえ、行きます。行かせて下さい、松上さん」

 恐竜ハンター見習いは、自分の胸騒ぎを信じながらも、思わず答えを出した。
 松上の驚いたような、それでいて、ちょっぴり嬉しそうでもある微妙な表情を汲み取ったのか、中山健一は言ったのだ。

「うふふ、セラミックちゃん、勇ましいわね。松上研究員を守ってあげるのよ」

 男性とは思えない何かを発散する彼に対し、セラミックは苦笑いするしかなかった。