「うわ――――ぁ!」

 セラミックが叫び声を上げた頃、海上のRHIB(硬質ゴムボート)に乗船しているアメリカ調査隊もシンクロするように喚声を上げていた。
 それもそのはず、海面すぐ近くに15メートル以上はあろうかという巨大な漆黒の魚影が迫って来ていたからだ。

「何だ、あの恐ろしくデカい影は?! クジラなのか?」

「いや、この時代にまだクジラは存在していない。ジンベエザメを超える巨体は……もしかしてリードシクティスなのかもしれない。我々は運がいいぞ」

 リードシクティスは超巨大魚だったが、のっぺりと優しい顔をしており、大口を開けて豊富なプランクトンを濾し取って食べているようだ。だが本能的に自分が乗っている船より大きな魚影は、人体丸ごと飲み込まれそうな恐怖感をじわじわと想起させ、全員手の平にかく汗が尋常でなくなった。

「我々が探す魚竜……オフタルモサウルスは一体どこにいるんだ? さっきからイカを撒いて、おびき寄せているがサッパリじゃないか」

 アメリカ調査隊のハンター兼研究者達は焦り始めた。魚群探知機には確かに多数の魚影らしき物を捉えていたが、それが一体何なのか全く分からない。収斂進化によりイルカに酷似しているオフタルモサウルスは、恐らく海面に背びれを出したりジャンプしたりすると考えられている。7名のアメリカチームは一丸となり、鵜の目鷹の目で海上を捜索し続ける。

「おい! あれを見てみろ!」

 唇を始め、皮膚表面から血の気が失せた研究員が示す先に皆が注視する。泳ぎ去る黒いリードシクティスの背に向かって、同じ大きさの10メートル以上はありそうな怪物が迫り来る瞬間を、それぞれが固唾を飲んで見守った。

「体当たりしたのか? ヤバい、もう人間がどうこうできる世界じゃないぞ、ここは……」

 さすがにネイビー・シールズのジョンも命の危険をひしひしと感じているようだ。

「今ボートをひっくり返されでもしたら、全員……骨も残らないぜ! 陸にすぐにでも戻らないと」

 操船するマックスも悪趣味なジョークを挟めないほどに緊張し、引き返すことを頑なに主張する。
  
 リードシクティスは脇腹に衝突され、悶絶するように遊泳のスピードを大幅に落とした。巨大な顎を巧みに使うのは、ワニのように強力な咬力を持つサメ以上に獰猛な生物だった。Dr.のハンクは恐怖に打ち震えながらも写真と動画撮影などを淡々とこなしている。

「あ、あれは首が短いタイプの首長竜、リオプレウロドンじゃないか! 生きた姿を間近で見られるなんて……感激だ。無理してここまで来て本当に、本当によかったよ!」

 Dr.は感動の余り興奮して、どんどん行動が大胆となってくる。リードシクティスは肉食のリオプレウロドンに長い胸びれを噛み付かれ、そのまま食い千切られたようだ。肉片が散らばり、海中が鮮血に赤く濁る。
 そこからは目を覆いたくなるような饗宴が始まった。手足が強力なオール状で流線型の尻尾を持つワニの化物が複数いるようだ。リードシクティスの柔らかな腹の部分を狙って、びっしりと並んだ歯列が深々と突き刺さると同時に捻って食い破る。更に肉のおこぼれを狙って小型のサメが群がってきた。

 突如、硬質ゴムボートの船底に何か重量物の衝突音が響き、乗員を恐怖に震え上がらせた。

「Oh my God!」

 船首に居座るジョンが戦場にいる時の眼となり、悲鳴とも雄叫びとも付かない声を上げた。彼はマックスが制止するにも関わらず、SCAR-Hの安全装置を外し片膝で海面下に構える。波に翻弄され数メートルは上下に激しく揺さぶられながらも、ジョンは狂ったように玄武岩色の巨大な影に向かって銃の引き金を絞り続けるのだった。
 水中に幾筋もの気泡ベクトルが刻まれるが、水面下のリヴァイアサン(海魔竜)には何の影響も及ぼさなかったのは明白だ。パニックは同乗者にも伝播し、7.62mm NATO弾と水中銃のニードル弾が虚しいキャビテーション音を発し続ける。それを嘲笑うかのごとく、はるか遠方の波間でリオプレウロドンが呼吸のため潮を吹き、ガラス玉のような眼光を反射させるのをハンクは確かに見た。

「ハハハ……ここがジュラ紀の海ですか。この海域に一体どれほどの巨大肉食生物が潜んでいるのでしょうね? 人間なんて本当にちっぽけな存在である事が、今更ながら思い知らされました!」