テチス海は他の惑星の海かと見紛うレベルで、深いコバルト色に澄み渡っていた。正真正銘、無人で手つかずの海は広大で、決して足を踏み入れてはならない神域の雰囲気すら感じさせる。遠慮がちに浜辺に車を乗り上げて前線基地に4台の車を停車させた。人跡未踏の砂浜は塩のように真っ白で、踏み締めるとキュキュと音がするほどだ。
先遣隊によりアメリカ調査隊の荷物は、テントを張って岩場に集積してある。αチーム・βチームは指示通り協力しながら、硬式ゴムボートを手際よく海面に浮かべた。
テチス海へと続く穏やかな湾は、目がしみるほどの碧い水をたたえており、はるか遠方には海鳥の代わりに白い翼竜が風を受けてパラグライダーのように滑空している。上空から狙われた魚群は、ひとたまりもないだろう。渚には大小様々なアンモナイトやオウムガイの殻が大量に打ち上げられており、ジャングルブーツで踏むと飴細工のようにパキパキと割れた。
ジョンとマックスは5名の研究員に武器の用意をしている。どうもASM-DTと呼ばれる特殊な水中用自動小銃を使用するようだ。最終的な手ほどきを簡単に済ませた後、研究者の連中をボートに乗せに掛かっている。
荷物の点検を済ませたジョンは、汗だくとなった松上と松野下に向かって軍隊口調で言った。
「日本人スタッフの隊長さんよ! 俺達が留守にしている間の荷物番は、宜しく頼んだぜ」
のっぽのマックスはセラミックや真美さん、森岡世志乃を舐め回すようにいやらしく眺めた後、唾を波打ち際に吐き捨てた。
「ケッ! 女子供ばかりじゃないか……ピクニックに来てるんじゃねえぜ! 本当に荷物は大丈夫なのかよ!?」
ジョンは、カーキ色の軍服の上からライフジャケットを装着しつつ、忌々しげに肩を竦めて答える。
「全くだ! 女より青白くて細腕の隊長さんに護衛なんか務まるのか?」
「……うるせえ! 英語でも全部通じているぞ!」
松上がそう言いながらジョンを睨みつけると、松野下によって肩を摑まれた。
「シールズ選抜試験に1日も耐えられそうにないな、マックス」
「いや、わずか30分で音を上げてギブアップだろうぜ! ……ハハハハ!」
松上は何も答えず押し黙り、周囲の警戒を怠らないようにしながらアメリカ調査隊の体調確認に向かった。
「そうだ、奴らの挑発に乗るんじゃない……」
無線の調子を確認するふりをして、αチーム松野下からメッセージが届いた。
「……だが、言ってやる!」
そう吐き捨てると、松上は踵を返したのだ。
一方のジョンとマックスはセラミックと森岡世志乃に向かって笑顔で口笛を吹いた。
「お嬢ちゃん達、とっても若いねえ。一体いくらでやらせてもらえるんだい?」
ネイティブのスラングが今ひとつ伝わらない二人は顔を見合わせ、シールズ相手にただ愛想笑いを繰り返すばかりだ。
その時、松上が猛犬の調教師のように間に割って入る。
「本当に強い奴は礼儀正しいと聞く。お前らは日本語ができるというだけで、実態は一兵卒以下だ。ネイビー・シールズの看板に泥を塗るつもりなのか」
アメリカ調査隊の研究員達が俄かにザワつき始める。ジョンとマックスは、頭にきたように血圧と心拍数を上昇させた。
「何がサムライだ! 平和ボケの日本人め。いつもいつも自分達は絶対に安全な場所から高みの見物で、偉そうに非難してきやがる。一体誰のおかげで毎日を、のほほんと暮らしていけるのか分かっているのか」
「そうだ。俺達は世界の戦場を渡り歩き、最前線で明日をも知れぬ命だ。腰抜けで、世情知らずの頭でっかちに批判される筋合いはない!」
「まあ、まあ、まあ……」
最後尾のαチームに同乗していた例のDr.……頭の薄い豆博士が、レフェリーのように双方をなだめに入った。
「男だったら誰しも、綺麗な女性を見ると声やアプローチを掛けたくなるもの。美しい娘さん達、どうか無礼を許して下さいね」
「うそっ!?」
ハンクは実際、日本語がペラペラだった事実に森岡世志乃は、顔を真っ赤にして狼狽えたのであった。