どこまでも続く泥濘地帯は、先が見えない針葉樹林の中で、まるでゴールがないかのようだ。
アメリカ調査隊とその水先案内人、日本のαチーム・βチームは計4台のLSVに分乗して中生代のテチス海を目指す。LSVはライト・ストライク・ビークルの名が示すように、極限まで軽量化した特殊部隊向けの軍用車両だ。3人乗りで、スカスカのパイプ構造のバギーに武装を施したような旧い装備である。
ジュラ紀に出入りする簡易エレベーターは最大積載量が1トンなので、普通のトラックやクロカン車は重量オーバーとなってしまう。持って行けるエンジン付きの車は4輪バギーかバイクぐらいなのである。
「うっひょー! 今までずっと歩きだったから、こりゃ楽だ。侮れない機動力だな」
ステアリングを握る松上晴人は、興奮気味に呟いた。
「先頭を走らせてもらうなんて、名誉な事ね!」
右の助手席に座る吉田真美はドライバーに話しかけたが、殆ど聞き取れない。
「黙ってないと舌を噛んじまうぞ!」
松上がステアリングを急に切った時、フェンダーのない前輪が落ち葉の混じった泥を巻き上げた。後席に単独で座るセラミックの顔に高速で何かが、ぴたッとへばり付いたのだ。
「きゃっ! ゴーグルをしてないと危ないわ。ヘルメットも……」
セラミックが顔に付いた丸い物を手で取ると、それは2センチぐらいの蠢く虫だった。虫が苦手な真美さんは、前席で悲鳴を上げて仰け反る。
「うっ!? 何かしら、この虫は? 幼虫?」
セラミックの疑問に運転中の松上は、チラ見して答えた。
「ああ、そいつは化石にもなっているがジュラ紀のノミだな。枯れ葉に潜んでノコギリ状の口で恐竜の血を吸う奴だ。気を付けた方がいいかも!」
「ぎえええ!!」
松上は例によってジュラアナ長野にダイブしている時は、酒に酔っ払ったみたいにハイテンションで普段の物静かな青年のイメージは全くない。正に二重人格者かもしれないとセラミックはいつも思うのだ。
2~3番目を走るのがアメリカの恐竜ハンターチーム。セラミックのすぐ後ろを疾走する車の助手席と後席に座るのが、ハンター兼研究者――いわゆるアメリカの同業者である。運転するのがネイビー・シールズのジョン……絵に描いたような屈強そのものの軍人で、軍服がはち切れんばかりに筋肉質である。サングラスの奥からでも射貫かれるような鋭い視線を放つ男。
3番手も同じ構成だが、シールズ隊員のマックスはジョンとは違い細身の2メートル近くありそうな男だった。松上晴人が密かにオルニトミムスとあだ名を付けたのも頷ける。
ジョンとマックス2人に対してα・βチームが束になって挑んでも、一瞬のうちに殲滅されてしまうのは火を見るより明らかだ。
最後の殿を努めるのは、αチームのリーダーが運転するLSV。
「…………」
こちらはジュラ紀にダイブしている間は、無口で冷徹な男に変身している。いつもの陽気な兄ちゃんの松野下佳宏ではないのだ。
「ふう! あ~、松上さんの後ろに座りたいですわ。……セラミックさん交代してくれないかしら」
後席の森岡世志乃は、助手席に座るアメリカ隊の博士の様子を見た。日本語が全く話せないので一切会話していないが、小柄で頭が薄い気の弱そうなDr.……ハンクは、車酔いして今にも吐きそうになっている。
「こんな所で粗相したら、タダじゃ済まないからね! 世志乃様の服を汚すんじゃないよ」
日本語が通じないのを良いことに、彼女はハンクに言いたい放題である。
「アメリカ隊のメンバーは皆ハンサムで逞しそうな人が揃っているのに、よりによってなんで同乗者がこちらのような方なのかしら? 本当に、しけているわね」