セラミックは驚いた。森岡世志乃が松上晴人の顔を見るなり態度を豹変させたからである。
「ま、松上晴人さん! ご無沙汰してます。αチームの森岡世志乃です。こんな所でお会いするなんて!」
彼女は顔を真っ赤にして席を立ち、松上晴人から視線を外さずに挨拶した。
あ~、セラミックは聞いた事がある。世志乃さんは松上晴人にぞっこんで、彼に憧れて恐竜ハンターを目指したという噂を。妹である佳音の方は、少し狼狽して兄の前に立ちはだかった。
「あなたはどちら様で? 兄と話すときはマネージャーの私を通して下さい」
「おいおい……いつから俺のマネージャーに」
松上晴人の困った顔を目の当たりにして、松野下佳宏は悪戯っぽく笑った。
「お~意外とモテるなぁ、βチームの松上さんは~。隅に置けないねぇ」
「ちょっと、リーダー! 茶化すのは止めて下さい!」
森岡世志乃はまんざらでもない様子でリーダーの背中をポカポカと叩いた。蚊帳の外に放置されたセラミックは暫く事の成り行きを見守ったが、気を取り直して寸胴にかけた火をMAXにした。世志乃さんの表情がクールビューティーのそれから少女に変わった事に苦笑しつつも、複雑な思いが湧き起こる心の奥底に胸が締め付けられるような痛みを覚えたのだ。
その時2階から弟の公則が手伝いに降りてきて、挨拶もそこそこに水をテーブルの上に置いたり、皆のサービスに大忙し。
「姉ちゃん、俺も腹減ってしょうがないよ。お昼はとっくに過ぎてんだぜ」
わざとらしく顔をしかめた弟が、文句をたれるのは無理もない。店内に充満する芳醇なスープの香りが、どうしようもなく空腹中枢を刺激するのだ。
「ハイハイ! 今、麺を茹でてるとこ~!」
大量の熱湯に泳ぐ2名分の麺をザルですくい湯切りした。均等に茹でるために、こだわった平ザル湯切りはアミよりテクニックが必要だ。上手に湯切りできるのは練習の成果でもある。ここからプロ並の手際で、合わせたタレとスープに麺をほぐし入れ、具も乗せた。そしてセラミックは、αチームのリーダーと世志乃さんペアに丼を熱々のまま差し出したのだ。
「へい、お待ち! セラミック特製の恐竜ラーメンをどうぞ! 未体験の一杯にウェルカム!」
入魂のメニュー……松野下はまず、眼前のラーメンが放つ何とも言えない芳香に虜となった。
「これは今までに出会ったことのない香りだ。いやな臭みも全くない」
青いネギが映える、白くとろけるように輝くスープから、ただならぬ凝縮感が漂う。厨房のセラミックは上気してニッコリ笑った。
「醤油・塩・味噌・豚骨・鶏白湯に続く第6のラーメン……名付けてディノラーメンです。竜骨味と呼んでもいいかな?」
松野下は完成されたビジュアルに瞬きも忘れつつ、セラミックの説明を聞いていたが、いてもたってもいられず、おもむろにレンゲをスープの中へと沈めた。トロミある白濁スープは上品な脂と共に全てを包み込み、夢のように浮かんだボリューミーなチャーシューとオレンジ色の半熟味玉を悩ましく揺らせる。そして錬金術のごとく醸成された一口を、心なしか緊張に震える手で一気に喉の奥へと流し込む。今、まさに味覚が花開く瞬間。
「……何だ? これは! 恐ろしく美味いじゃないか!」
森岡世志乃に至っては一口目に味わったインパクトに、しばし絶句している状態だ。隣のリーダーとほぼ同時でスープの海にたゆたう麺を箸でたぐり寄せると、勢いよく啜り始めた。スープとからんだ麺を奥歯で噛み締めると、小麦の食感に応じた旨味とコクの洪水が、脂の滑らかさを纏いつつ口中をじんわりと支配する。
「むほ~! すごい。今までに食った事ないような新鮮味溢れるラーメンだぜ」
彼は夢中で照りのあるチャーシューにかぶりつくと、深みのある肉汁が溢れ出してきた。これだけでも料理の一品として十分納得できる完成度だ。
大きな黒目を白黒させながらスープばかり味わっているのは、森岡世志乃。
「こってりしているようで、実はあっさりしている不思議なラーメン……女性受けしそう。ひょっとして、この大きな味付け玉子は恐竜?」
ニンマリと笑うセラミックは麺をザルの上に踊らせながら答えた。
「オマケとしてプシッタコサウルスの新鮮な卵を貰ったの。鶏より巨大で味の方も心配だったけど、試してみて正解だったかな?」