昼間の騒動が、遠い過去に起こった出来事のように思える。住宅街にある自宅兼店舗は夜の帳が降りる頃、人通りもまばらとなり静寂に満たされていた。
 ディノニクスの巨大な手羽先を前に、セラミックは自宅のキッチンで考え込んでいる。
 営業終了後のカレー専門店の厨房は熱湯をかけてむしられたディノニクスの羽毛だらけになったが、集めて毛ばたきにしたり、友人に装飾品としてプレゼントする予定だ。
 肉の臭みを取るため下茹でを開始したが、鶏の数倍もある手羽先は煮込みにするのが一番だろう。アクを取りながら茹でこぼし、骨を外したら美味しそうなチキンにしか見えなかった。幸いにも家業がカレー屋だけに、恐竜煮込みカレーを作ってみようと思い立った訳だ。数々のスパイスが肉の野性味を消してくれるはずである。

「美久、こんな時間に何やってんのよ」

 深夜に鍋でぐつぐつやっていると、母親が心配そうに顔を出した。無口な父親も自分の仕事場が荒らされる状況を黙ってはいない。

「お前、作り置きのカレーを分けて欲しいと言っていたが……恐竜肉のカレーなど認めんぞ! まだ調理師免許も持っていないくせに、客に出せるわけがないだろ」

 セラミックは少し焦って寸胴の前で首と手を横にぶんぶん振った。

「も、もちろん店に来たお客様には提供しないわ。これはお世話になった人達に食べて貰うためよ」

 頑固親父そのものの風貌をした父親は、軽く溜め息をついた後、腕組みをして言った。

「肉をオリーブオイルを引いたフライパンの上で少し焼いて、焦げ目を付けてみな。仕上がりが香ばしくなるから。俺が言うんだから間違いない」

 セラミックは不器用な父親の助言に笑顔で答えたのだ。

「うん、ありがとう。パパもママも是非、試してみてよ」

 まな板の上にあるボイルされたディノニクス肉の切れ端をつまんだ瞬間、父親は目を丸くした。

「……! 嘘だろ! 今まで食った事もなかったが、これが恐竜の味なのか」

「ふふふ! 知ってると思うけど、すごく高いのよ。希少価値もあるけど、本当に美味しいと思う」

 カレー屋といえど、父親の料理人としての血が騒いだ。少し薄くなった頭の中でアレンジされた料理が次々と浮かんできているのが手に取るように分かる。だが、恐竜料理のアイデアを生み出す力はセラミックの方が一枚上手だ。すでに料理を紹介する動画サイトでトップクラスのアクセス数を稼ぎ出している。それもこれも築き上げてきたコネクションを目一杯に広げ、様々な恐竜肉をタダ同然で手に入れるルートを確立させた努力の賜なのである。

「明日、佳音のお兄さんがいる研究室に鍋ごと持っていく予定なの。パパ、煮込みカレーの味見をさせてあげるから協力してくれるよね? ちょっとだけ車を出せるかな」

「くそ! 味見せずにはいられない。まんまと乗せられちまったよ」

 両親は半ば呆れたように顔を見合わせると、お互いに苦笑いしたのだ。