まさか話をするとは思っていなかったのだろう、駿河も驚いた顔をしている。

 ――帰らないと。

 急に浮かんだワードに引っ張られるように急ぎ足でうしろの扉へ向かう。

 でも、それでいいの? 逃げるだけでいいの?

 扉の手前で足に力を入れて立ち止まった。
 昼間、広太に絡まれたときに助けてくれたのは駿河だ。彼が止めに入ってくれなかったら、ひょっとしたら教室を飛び出していたかもしれない。
 せめて……お礼だけでも言わなくちゃ。

「あの……今日は、ありがとう」

 顔が一気に熱くなり、真っ赤になっている自信があった。
 薄暗い教室でよかった……。

「いや……そんな……」

 どんな顔で駿河は答えてくれているのだろうか。斜め下を見ながら、私は次の言葉を選んだ。

「ちゃんとお礼を言えなくて……ごめんなさい」

 言えた……。