今、家に帰るとお父さんと顔を合わせる可能性が高いだろう。
 階段をのぼり教室へ入ると、誰もいない教室は薄暗く(かげ)っている。電気もつけずに、定位置へ向かう。

 教室のいちばんうしろの窓を開けると、春の風が長い髪を躍らせる。両腕を窓枠に置き、そこに額を引っつけた。

 今日は小雨のせいで部活は中止になったらしく、野球部の声も聞こえない。サラサラと降る雨の音が、幾重にも重なって音楽みたいに耳に届いている。

 ガタッと教室のドアが開く音がしても、私はそのままの姿勢でいた。
 クラスメイトが忘れ物かなにかを取りに来たのだろう、そう思った。

 そういえば、転校してすぐのころにも同じことが何度かあった。クラスメイトの顔をなるべく見ないようにしているから、誰なのかは未だにわからないけれど。

 誰も私に話しかけない。誰とも私は話をしない。これでいいんだよね?

 音が聞こえなくなり三十秒が過ぎた。さすがにもう出て行っただろう……。

 ゆるゆると教室の前方を見た私は、「え」と声に出していた。


 そこには、駿河が立っていたのだ。