「高丘はお父さんの仕事の都合で引っ越してきた。みんなよろしく頼むな」

 菊川先生の声に「よろしく」の合唱が響いているなか、もう一度頭を下げた。
 拍手の音が止み、姿勢を戻しても視線は床に置いたまま。

「静岡県にははじめて来たそうだな。いいところだぞ、ここは」

 自分に言われているとは思わずにぼんやりしていた。

「え?」とこぼれた声とともに横を見ると、ニカッと歯を見せて菊川先生は笑っていた。
 曖昧(あいまい)にうなずくけれど、気持ちが晴れることはない。

 どんなにいい場所でも私にとっては同じこと。
 どうせ数カ月後には、『今までありがとうございました』とこの場所で言わなくてはならないのだから。

 今日からの高校生活も、短い期間を過ごすだけの、いわば間借りみたいなもの。お父さんの転勤が決まると同時にもろく崩れ去るのだから。

 渡り鳥なら、いつかは同じ場所へ帰ってくることができるだろう。

 でも、お父さんの勤める会社は全国に支店があるから、そんな確率はゼロに等しい。
 期間限定の友達関係は、まるで薄いガラスみたい。どんなに美しくても、何度磨いたとしても、やがて来る別れにあっけなく砕ける。

 そんな光景をもう何度も経験してきた。