「じゃあ、行ってくるよ」


「一人で大丈夫? 一緒に行こうか?」


「もう予鈴鳴っちゃうし、一人で大丈夫だよ」


「そう……気をつけてね、琥珀」


「うん、七海、ありが――――」


 言葉を紡げたのはそこまでだった。

 平衡感覚がなくなり、体がゆっくりと床に沈む。

 ああ、本当に死にそうな顔をしていたのかもしれない。

 このまま倒れたら、床、冷たいだろうな。

 そんな呑気なことを考えていた私が倒れ込んだのは冷たい床の上ではなく、温かい、誰かの胸の中だった。


「おっと、大丈夫か、琥珀」


「琥珀! 大丈夫?」


 慌てて駆け寄って来た七海の声にゆっくり目を開けると、目の前には驚いた様子でこちらを見る悠ちゃんの姿があった。

 クラスメイトたちも、突然の事態に心配そうにこちらを見つめていた。


「え……何? どうなったの?」


 事態が呑み込めないまま首を傾げる私に七海は声を荒げて言った。


「倒れたんだよ! 二宮くんがいなかったらそのまま床に頭打ってたんだからね? もー、気を付けてって言ったのに!」


「え……あ……そうなの」


 悠ちゃんは、ふらつく私の体を支えながら言った。


「琥珀、保健室、行くぞ」


 落ち着いたような、怒っているような悠ちゃんの低い声に、私はビクリと体を震わせる。


「いや、大丈夫だって……一人で行けるし、それに、みんな見てるから離して」


 私は無言で手を引かれていく。

 クラス中が一連の流れを呆然と見ていた。

 一年生の教室は三階、保健室は一階の端にあり、歩くと少し遠い。

 しばらく無言のまま悠ちゃんに手を引かれていた私だったが、階段を下りながらようやく口を開くことが出来た。


「悠ちゃん、もういいよ。一人で歩ける」