「師匠!」


 そう呼ばれ、私は振り返る。


 自分が階段を下りている最中だということも忘れ、本当に反射的に。


 進行方向を明確に出来なくなった私の足は、走る車さながら咄嗟に止まることなど出来ず、そのまま前に踏み出されてしまう。


「あっ」


 足を踏み外し、私の体は素直に重力に従い、落下しようとする。


 この高さから階段を転げ落ちれば、ケガは防げないだろう。打ち所が悪ければ、最悪死ぬ?


 そうなると、本当に今日の私は橘にとって最悪な師匠だったなあ……と感傷に浸ってしまう。


 いつもの私は一体どうしたのだろうか。


 苛立ちの原因も未だ判明していないままだし、このままだと、落下した私のせいで、橘に更なる迷惑をかけてしまいそうだし――――とそこで、


「っ――――! 柳さん!」


 私の空中落下が止まった。


 正確には、止められた。


 咄嗟の判断で私に向かって手を伸ばした橘の判断により、私の体は空中落下手前で支えられ、最悪の事態は避けられた。


「え、ちょ、橘!」


 落下する寸前、投げ出された腕を橘に掴まれ、屋上前の踊り場――――橘の正面に引き上げられる形となった私は、そのまま反動で橘の上に覆いかぶさる形で倒れ込んでしまう。


 橘を冷たい床に押し倒し、衝撃を和らげた私は、自分が今置かれている状況に気が付き、言葉を失う。


 だって私の顔は、橘の胸の上にあって――――橘は、私の体を包み込むように、真下に倒れ込んでいるんだから。