「七海、琥珀の隣にいたよね? 何、あんた、師匠の姿が見えてなかったの? 大好きな琥珀に褒められて周りが見えなくなっちゃったの?」


 現場にいたはずなのに、存在を認識されていたはずなのに、それを丸ごと忘却されてしまったら、誰だって腹がたつ。


「あ……す、すみません! 僕……」


 私はあんなに橘の変化を望んでいたはずなのに。

 自分のプロデュースが成功したことを、本当は誰よりも喜ばなけれはいけないのに。

 橘の報告を、橘以上に喜んであげなきゃいけないのに。


 それなのに――――どうしてこんなに苛立っているのだろう。


「もういいよ。変身が大成功して、琥珀にも、クラスのみんなにも褒められたら誰だって気分いいだろうしね。よかったじゃん、おめでとう」


「師匠……」


 階段に座る私とは裏腹に、屋上前の踊り場に立っている橘は私の不機嫌な様子を気にするように声を小さくした。

 分かってる。

 こんなのはただの八つ当たりだ。


「私……もう行くね。橘はこの調子で変わっていけばいいんだよ。そうすれば、そのうち皆、今の橘を認めてくれて、友達も増えると思うし、琥珀だって、橘を見てくれるかもしれないよ」


 そう言って、私は橘に向けて力無く笑うと、階段を下りようとする。

 最後くらい、愛想よく笑ってこの場を去りたかったけれど、お世辞にも満面の笑みとはいかず、引きつった笑顔を見せてしまった。

 橘は、そんな私に気がついていたのだろう。


 私の様子がいつもと違うから、心配して、だから咄嗟に、動いてしまったのだろう。