日も沈みかけ、空が燃えるような夕に染まる黄昏(たそがれ)時。

 朦朧とする意識の中、私の耳に聞き覚えのある誰かの声が届く。

 薄れる意識の中、自我を取り戻しつつある私の聴覚は、意識同様、お世辞にもまだ正常な状態とは言えない。

 視界も未だぼんやりと全体がぼやけて見える。

 そんな状況は、私が気が付いてからほんの一瞬の出来事でしかなく、意識が鮮明になるにつれ、私に本来備わっている五感が起死回生と言わんばかりに冴えわたる。

 声の主は、推定四歳ほどの小さな女の子のものだった。

 幼女、と呼ぶにふさわしい容姿の女の子は、長く柔らかそうな細い黒髪を二つに結い、赤いワンピース姿でなにやら誰かと楽しそうに笑っている。

 場所はどこかの住宅地。大通りから一本脇道に反れた細い道路の真ん中で、幼女は私に気が付くことなく視線の先にいるのであろう人物と楽しそうに遊んでいる。


 拙い足取りで、幼女は足元に転がってきたピンク色のゴムボールを両手いっぱい使って拾い上げ、相手に全力で投げ返している。


「おとうさーん! 早く投げてー!」


 幼女の弾けるような声に、私の意識があるものに集中した。

 それは、幼女が胸に付けているチューリップを象った名札。

 名札には、幼女の通う幼稚園の名前、それから所属する組、幼女の名前が全てひらがなで表記されている。

 記されていた幼女の名前を見た私は、一瞬で現在の状況を理解した。