「ねえ、廈織」


 兄ではなく、一人の男として、彼女はボクの名を呼んだ。

 愛する少女の口から放たれた慣れない響きに体が違和感を覚える。

 ゾクリと背中を駆け巡る寒気にも似た感覚に罪悪感が募る。

 こんな時まで、ボクの体は妹を求めている。

 花音を、愛している。


「……ん?」


 花音は正座をした状態で両手をボクに突き出し、まるで抱っこをせがむ子供のような体勢で言う。


「キスして、なんてワガママ言わないから、せめて一度だけ……一回だけ、私の名前を呼んで、強く抱き締めて。廈織が私のことをどう思ってるのか聞かせて。そしたら、私、明日からはちゃんと久藤廈織の妹に戻るから……お願い」


 ボクは花音の言葉に逆らうことが出来なかった。

 最善などあるはずがない。解決策などあるものか。

 すでに状況は最悪なのだから、どうにか折り合いをつけて、少しずつ今を過去に昇華していくことしかできないと、どうしてもっと早く気が付くことが出来なかったのか。

 そのせいで守りたかったはずの妹を傷つけた。

 結局、己に科した誓いも破ることになってしまう。

 ボクは嘘つきな、ただの醜い男だ。

 ボクのことをなぜか過大評価してくれている彼女にも面目が立たない。

 彼女もきっと、こんなボクを見たら失望してしまうかもしれない。


 それは少し、寂しい。