* * *
ボクは夜の街を走りながら、ふと昔のことを思い出していた。
『お前、好きなやつとかいないの?』
『え? なに突然』
花音が中学生になったばかりのある日、ボクは何気なくそんなことを聞いた。
最初は気持ち悪がっていた花音だったが、やがて素直に教えてくれた。
『……いるよ』
思いの他落ち込んだのを覚えている。
それでもボクは、平静を装い、さらに質問した。
『へえ。同じ学校のやつ?』
『うん』
『告白すればいいじゃん。お前なら大丈夫だろ』
ボクの言葉に花音は苦笑しながら言った。
『無理だよ』
『どうして? 言ってみなけりゃ分からないだろ』
『言わなくても分かるよ。私は絶対に叶わない恋をしてるから』
当時のボクには妹の言葉の意味が分からなかった。
『ふーん? 難儀なやつだなあ』
妹に想い人がいると知ってから、ボクはその話題を避けるようになった。
それ以来、彼女の恋の進展は聞いていない。