私にとって、それは想像のつかない話だった。

 優しい父と母がいて、仲の良い姉がいて。

 私の今まで生きてきた人生において、廈織くんの歩んできた人生は、予想以上に暗い闇を孕んでいるようだった。


「あ! お母さん!」


 声のした方に向くと、先程から姿が見えなくなっていた花音ちゃんが白くツバの広い帽子を胸の前に持ちながら立っていた。


「花音、どこかに行くのか?」


「ああ、ケーキ買いに行こうと思って。ついでにおつかい頼まれてたの忘れてたから、それも」


「そんな、わざわざ悪いよ。あんまり気を使わないで。私、そんなに長居しないし」


「ダメですよ! お母さんにお客様にはしっかりおもてなしすること! って叩き込まれてますから私! ここは私がお母さんに怒られないように協力すると思って楽しんで下さい」


「じゃあせめて私も一緒に行くよ」


「希望さんはお兄ちゃんが話したいことがあるみたいなので家にいてください。すぐ帰りますから」


「え!」


 花音ちゃんはまくしたてるようにそう言うと、小走りに家を出てしまった。