真心という隠し味に気づく客は少ないだろう。決して恩着せでもなく、さりげなく添えるそれが、客も作り手も温かい気持ちになる。
「俺が、ある人から教わった言葉や。以前にも話したが昔の俺はかなり荒れとってな、そん時ふらっとある店でおでんを食ったんや。何処にでもある普通のおでんやったけど、何か食べとったら急に自分が情けないと思うてな。いまでもあん時のおでんの味は、忘れらへん。でもなぁ、記憶しているのに同じもんは出来んのや。何度味見しても、あん時のモノと何処か違う。俺が立ち直る切っ掛けにさせてくれたあの味は、今でも作れへん」
竜平さんは、そのおでんをきっかけに料理人の道を目指したそうだ。
「俺と、同じですね」
「祇園やったな? お前んち」
「今度、洋食屋を始めます」
「そや!」
竜平さんが出してきたのは、黒いエプロンと竜平さんが使っていたバンダナだった。
「竜平さん、これって……」
「お古で悪いが、それしか思いつかなかったんや」
今度竜平さんと出会うのは、俺がカウンターの奥に立っている時だろう。
それはいつになるかわからないが、胸を張って料理を提供できる料理人になっていたい。
そして――、開店前日。
俺の店『洋食屋 一期一会』は、開店前のメニュー試食会をすることにした。
チキン南蛮に、カツカレー、オムライスにスパゲッティ、これからもメニューを増やしていくつもりだ。
竜平さんからプレゼントされた黒地に柄付きバンダナを頭に被り、黒いエプロンを掛けてカウンター奥に立つ。
今日からここが、俺の定位置。
五人も来れば埋まってしまうカウンター席は、ちょうど良い距離感だった。客の顔も見えるし、人が少ない方がお客さんも周りに気を遣うことはない。
俺の料理を最初に食べる事になったのは、『おばんざい屋 うめの』の仕入れ先である商店のおばさん、花江さんである。「お薦めは何かしら?」
「チキン南蛮定食です」
しかし花江さんの顔は、何とも言えない顔になった。
どうも、チキン南蛮はお気に召さなかったようだ。
「……タルタルソースがかかっているアレでしょう? 私、玉葱が苦手なの。娘も苦手だからうちではチキン南蛮は作らないのよ……」
「花江さんもですか? 実は俺も玉葱が苦手なんです」
「俺が、ある人から教わった言葉や。以前にも話したが昔の俺はかなり荒れとってな、そん時ふらっとある店でおでんを食ったんや。何処にでもある普通のおでんやったけど、何か食べとったら急に自分が情けないと思うてな。いまでもあん時のおでんの味は、忘れらへん。でもなぁ、記憶しているのに同じもんは出来んのや。何度味見しても、あん時のモノと何処か違う。俺が立ち直る切っ掛けにさせてくれたあの味は、今でも作れへん」
竜平さんは、そのおでんをきっかけに料理人の道を目指したそうだ。
「俺と、同じですね」
「祇園やったな? お前んち」
「今度、洋食屋を始めます」
「そや!」
竜平さんが出してきたのは、黒いエプロンと竜平さんが使っていたバンダナだった。
「竜平さん、これって……」
「お古で悪いが、それしか思いつかなかったんや」
今度竜平さんと出会うのは、俺がカウンターの奥に立っている時だろう。
それはいつになるかわからないが、胸を張って料理を提供できる料理人になっていたい。
そして――、開店前日。
俺の店『洋食屋 一期一会』は、開店前のメニュー試食会をすることにした。
チキン南蛮に、カツカレー、オムライスにスパゲッティ、これからもメニューを増やしていくつもりだ。
竜平さんからプレゼントされた黒地に柄付きバンダナを頭に被り、黒いエプロンを掛けてカウンター奥に立つ。
今日からここが、俺の定位置。
五人も来れば埋まってしまうカウンター席は、ちょうど良い距離感だった。客の顔も見えるし、人が少ない方がお客さんも周りに気を遣うことはない。
俺の料理を最初に食べる事になったのは、『おばんざい屋 うめの』の仕入れ先である商店のおばさん、花江さんである。「お薦めは何かしら?」
「チキン南蛮定食です」
しかし花江さんの顔は、何とも言えない顔になった。
どうも、チキン南蛮はお気に召さなかったようだ。
「……タルタルソースがかかっているアレでしょう? 私、玉葱が苦手なの。娘も苦手だからうちではチキン南蛮は作らないのよ……」
「花江さんもですか? 実は俺も玉葱が苦手なんです」