帰る頃には、怒鳴り散らして男にとは思えないくらい上機嫌で出ていくその客に、俺は心の中で「もう来んな」と毒づいたのだ。
竜平さんは言う。
「人間それぞれ、客もまたそれぞれや。ここに来る客は、一日の疲れを落として行くねん。人間やってると、楽しい事ばかりじゃあらへん。嫌な事もぎょうさんある。たまに誰かにぶつけとうなるんや。でもな、このはお客さんに楽しく食事して、飲んでもらうとこや。客に何かを言われて、こっちまでヒートアップしたら仕事にならへん。こっちが謝れば客の怒りは冷める。あのお客はんもなんかあったんやろ。自分は悪うない――、誰かの所為にしなければやっていけへんぐらいにな」
客は心のうちに、色々な思いを抱えて店の暖簾を潜る。竜平さんの言葉に、俺は自分が情けなくなった。
竜平さんは、鶏肉と格闘中であった。
「夕方に向けての仕込みですか?」
「これは、俺の賄いや。昼、未だやったら食べていくか? チキン南蛮やけどな」
「竜平さんのチキン南蛮、久しぶりです」
「思い出すなぁ、清太郎の賄い。やけに黒い唐揚げを見たのはアレが最初で最後やったわ」
「……まだ覚えてるんですか……?」
「お前の顔を久しぶりに見たら思い出したんや」
俺がこの『居酒屋ドラゴン』で、竜平さんに最初に教えてもらったチキン南蛮。
働き初めて半年後、漸く任された賄い料理であった。
でも俺が作ったチキン南蛮は、高温で鶏肉を揚げた為に黒っぽい仕上がりになってしまった。
あれから一年、俺は今でも祖母や竜平さんのような料理ができるか、はっきり言って自信はない。
竜平さんのチキン南蛮は、さくさくに揚がった鶏肉にさっぱりとした甘酢ダレと濃厚なタルタルソースが絡み合い、一つの味となって溶け合う旨さは何とも言えない。
「俺、今ならあの時の竜平さんの言葉がわかります。真似なら誰でもできる。料理は工夫と真心だと言った竜平さんの言葉が」
――客はその店の料理を食べに来るんや。誰かのコピーでもなく、人気繁盛店の再現でもなく、その店の料理をや。ただ作ればいいというもんやない。一生懸命作れば、その想いは客にも伝わる。
まさに、祖母・梅乃も同じ事を言っていたのだ。
どんな苦労も、食べた人の笑顔で救われると言っていた祖母。
竜平さんは言う。
「人間それぞれ、客もまたそれぞれや。ここに来る客は、一日の疲れを落として行くねん。人間やってると、楽しい事ばかりじゃあらへん。嫌な事もぎょうさんある。たまに誰かにぶつけとうなるんや。でもな、このはお客さんに楽しく食事して、飲んでもらうとこや。客に何かを言われて、こっちまでヒートアップしたら仕事にならへん。こっちが謝れば客の怒りは冷める。あのお客はんもなんかあったんやろ。自分は悪うない――、誰かの所為にしなければやっていけへんぐらいにな」
客は心のうちに、色々な思いを抱えて店の暖簾を潜る。竜平さんの言葉に、俺は自分が情けなくなった。
竜平さんは、鶏肉と格闘中であった。
「夕方に向けての仕込みですか?」
「これは、俺の賄いや。昼、未だやったら食べていくか? チキン南蛮やけどな」
「竜平さんのチキン南蛮、久しぶりです」
「思い出すなぁ、清太郎の賄い。やけに黒い唐揚げを見たのはアレが最初で最後やったわ」
「……まだ覚えてるんですか……?」
「お前の顔を久しぶりに見たら思い出したんや」
俺がこの『居酒屋ドラゴン』で、竜平さんに最初に教えてもらったチキン南蛮。
働き初めて半年後、漸く任された賄い料理であった。
でも俺が作ったチキン南蛮は、高温で鶏肉を揚げた為に黒っぽい仕上がりになってしまった。
あれから一年、俺は今でも祖母や竜平さんのような料理ができるか、はっきり言って自信はない。
竜平さんのチキン南蛮は、さくさくに揚がった鶏肉にさっぱりとした甘酢ダレと濃厚なタルタルソースが絡み合い、一つの味となって溶け合う旨さは何とも言えない。
「俺、今ならあの時の竜平さんの言葉がわかります。真似なら誰でもできる。料理は工夫と真心だと言った竜平さんの言葉が」
――客はその店の料理を食べに来るんや。誰かのコピーでもなく、人気繁盛店の再現でもなく、その店の料理をや。ただ作ればいいというもんやない。一生懸命作れば、その想いは客にも伝わる。
まさに、祖母・梅乃も同じ事を言っていたのだ。
どんな苦労も、食べた人の笑顔で救われると言っていた祖母。