『うるさいわね。仕方がないでしょ。忘れたんだから。お父さんは今夜は遅くなるし、一人で食べるんだからいいの! 当分、痩せられないわね』  
「お母さん、いつも大量にポテトコロッケを揚げるから」
 聞きたいのは別のことなのに、ここでもお互い素直になれなかったらしい。
『私を巨漢おばさん街道まっしぐらにさせているのは、あなたでしょ。昔からいつもあなたの残り物を食べていたけど、年を取ると直ぐに脂肪がつくのよねぇ』
 礼子さんに曰く、母親は冗談など言わない女性だったという。
『しょうがないなぁ……。私、ダイエット中なのに』
 それから間もなく、礼子さんは東京の自宅へ帰ったそうだ。

「母、ポテトコロッケを揚げたのはいいですけど、またキャベツを買い忘れたらしくて……。酷いと思いません? ポテトコロッケの付け合わせはキャベツの千切りは欠かせないのに」
 まさか、親子喧嘩再燃か?
 俺は、相槌を打ちながらもひやひやだ。
 俺は、礼子さんの前にチョコバナナパンケーキを置くと「そ、そうですね」と言った。
 俺のチョコバナナパンケーキ、甘めのパンケーキに斜めに切ったバナナ、ホイップクリームにチョコソース。紅茶はアールグレイ。普段は素朴な洋食メニューのため、ティータイムはおしゃれにしてみた。
「でも――」
 礼子さんは、パンケーキにナイフを入れるのを止め、表情を和らげた。
「母と、話しました。自分の考えを全て、母に伝えました。母は、静かに「そう」って」
 付け合わせのない皿にポテトコロッケ――、親子はそれを間に挟んで向き合い、思いを語ったのだという。
 礼子さん母親は、言ったそうだ。
 
「貴方がどうしてもなりたいのならやりなさい。お母さんは、もう何も言わない。お母さんね、貴方がいなくなってずっと考えていた。娘のためといいながら、本当は自分のためだったんじゃないか、そうよ、貴方は人形じゃない。ごめんね、礼子」
 
 話し終えた礼子さんは「嫌んなっちゃうわ」と笑う。
「私から「ごめん」って言おうと思っていたのに、お母さんから言うんですもの。お母さん、私が仕事が上手くいっていない事を気づいてる感じで、辛かったらいつでも帰ってきなさいって」
 それから礼子さんも「ごめんね」と謝ったそうだ。