「これ、お土産です。『東京ばな奈』」
 礼子さんはそう言って、紙袋を渡してくる。
 俺が買った事もある『東京ばな奈』は、東京の定番土産の一つである。
 ――と言うことは。
「ご実家に帰られたんですか?」
 俺の問いに、礼子さんは「ええ」と明るく答えた。
「だから、早く報告しようと思い、早歩きしてきました。何とかランチタイムまでには、と思った、んですけど……、でも、まさか、開いているとは思いませんでした」
 礼子さんの声も表情も明るいが途中、はぁ、はぁ、と息継ぎか苦しそうである。
 時間は三時前、京都駅から直行して来て、お昼を食べていないと言う。途中、コンビニとかキヨスク、カフェやレストランがありそうなものだが、どうも彼女の性格からして、こうと思ったら周りが見えなくなるらしい。タクシーに飛び乗るや「飛ばして!」と叫んだとか。
「ははは……」
「私、よくせっかちだと言われるんです。思ったら直ぐに行動しないといられなくて……」
 さぞ、タクシーの運ちゃんは必死だった事だろう。渋滞する京都市内を、急かされつつ走らねばならないのだから。
「――実は最近、ティータイムも始めたんです。オススメは、チョコバナナのパンケーキです」
 客数を増やす為、俺はデザートも挑戦中である。
「では、それを。あと、レモンティー」
 礼子さんはにっこり笑って、一ヶ月前と同じ真ん中の席に座った。

***

 一ヶ月前――、俺の店を出てからの礼子さんは、借りているアパートに帰り、東京の自宅に勇気を出して電話を掛けたのだという。
『もしもし? 新庄です』
 五年ぶりに聞く母親の声に、礼子さんは胸が詰まりそうになったという。
「……元気そうね。お母さん」
『元気よ。ただ、少し太っちゃったかしら』
「……そうなんだ」
 それから数秒、沈黙の時間が流れたという。
『今晩、ポテトコロッケなんだけど、付け合わせのキャベツを買ってくるのを忘れちゃってねぇ……』
『相変わらずそそっかしいわね。ポテトコロッケと言ったらキャベツの千切りは必要でしょ!』