「でも私――、母と大喧嘩してしまって……」
 礼子さんはそう言ってアイスティーをストローで攪拌(かくはん)し、カランカランと混ぜられる氷の音が店内に響く。
 BGMのない店内、会話が途絶えれば生活音しかしない。
 俺は、付け合わせの千切りキャベツを皿に添えると、熱々のポテトコロッケを三個乗せた。
「どうぞ、ポテトコロッケです」
 礼子さんはポテトコロッケを数秒見つめ、ナイフとフォークなど使わず箸で器用に分割した。
「母は……」
 礼子さんは、ぽつぽつと話し始めた。
 礼子さんの母親は、礼子さんがイラストレーターになるのも、京都に行くのも反対だったそうだ。
「私、早く大人になりたかったんです。とにかく、母から離れたかった。ああしなさい、これはこうだからいけないって、母は何かと私を束縛してきたんです。それが嫌で嫌で、彼氏が出来たときも、母は反対してきた」
 礼子さんは、なかなかポテトコロッケを口に運ばない。
 何故、彼女が俺に話を始めたのかはわからない。一皿のポテトコロッケが、彼女が封印していた過去を解放させたのだろうか。
礼子さんが初めて彼氏を紹介して間もなく、彼女は母親と揉めたそうだ。
 
「貴方は何にもわかっていない。あの男は貴方の為にならない」
「お母さんに、彼の何がわかるの? 一度会っただけじゃない」
「わかるわ。母親だもの」
「わかってない! お母さんは私の事なんてわかってないわ!」
 怒りと悔しさで、その時の礼子さんの胸はいっぱいだったという。
 
 だがある日、彼女は母親と更なる喧嘩をしたという。
 芸術大学進学のため一人暮らしをしたいという礼子さんの要求が、発端だったようだ。

「――今、何て言ったの? 礼子」
「あたし、家を出る」
「家を出る?」
「あたし、ずっと黙っていたけど将来、イラストレーターになりたい。もちろん、厳しい世界だっていうのはわかっているわ。だから専門の学校へ行って基礎を学びたいの。良いでしょ? お母さん」
「駄目よ!」
「え……?」
「イラストレーター? 何を考えているの? 駄目、反対よ。あなたをどんな思いで育て来たか――」、
「お母さん!」