こういう時の俺の予想は、嫌になるほど当たる。


「なぜだ……我は神であるぞ‼」


 手の中を愕然と見つめ、獣頭の神が憤慨している。やはり、上手くはいかなかったらしい。手の中のものをじっと見つめ、怒りのあまりにプルプルと震えている。


 俺は、真宵と顔を見合わせると、獣頭の神の手の中を恐る恐る覗きこんだ。
 ――そして、すぐに視線を逸した。


「……これは酷いな」
「フッフフフフ……ひ、悲惨ですね……?」


 そこにあったのは、もはや原型を留めていない黄色のなにか(・・・)だ。白い生地と、かぼちゃが混じり合って、なんとも不気味な様相を呈している……。正直、食べられるものとは思えない。


 獣頭の神は天を仰ぐと、苦しげに言った。


「説明通りにやったはずなのに……。楕円に伸ばした生地で、黄色い玉を包むだけであろう? ……何故だ‼ 我は神ぞ。神に不可能はないはずであろう‼︎」
「神様にも、できないことがあるんですねえ……」
「嫁殿、なにか言ったか」
「い、いいえ〜。最初ですからね! じゃあ、私がやってみせますから」


 真宵は引きつった笑みを浮かべると、材料を手にして作り始めた。


「手を深いお椀型にして……広げた生地の真ん中にかぼちゃ玉を乗せて。色々やり方はありますけど、一番簡単なのは端と端を真ん中に持ってきて、くっつけるやり方です。生地が伸びるので、大胆に引っ張っても大丈夫ですよ。最初は、四葉のクローバーみたいになるように……。次は、穴が空いている部分を摘んで、また真ん中に……ほら、餡が見えなくなった。最後に、平べったくなるように潰して完成です」
「ぐぬぬ……お主、いとも簡単にやりおるな」


 苦悶の表情を浮かべている獣頭の神に、真宵は小さく首を横に振った。


「誰だって、最初から上手になんてできませんよ。いいじゃないですか。何度かやっていたら、そのうち綺麗にできます」
「そうなのか……?」
「ええ。焼いたらおんなじですから。見かけを気にするのは、市販品だけでいいんです。手作りなんですから、ちょっと不格好なくらいでいいんですよ」


 すると、その言葉を聞いた獣頭の神は、あっという間に上機嫌になった。


「流石は、朧の嫁殿であるな。良い事を言う。……聞いたか、朧よ。初めは上手くいかなくとも……」


 すると、獣頭の神は俺の手の中を見るなり口を閉ざした。そして、それと俺の顔を交互に見つめると尋ねた。


「……朧よ」
「なんだ」
「これはお前が?」


 コクリと頷くと、褐色の肌の上からでもわかるほど、獣頭の神は赤くなってしまった。そこには、完璧に成形されたおやきがあった。具がはみ出ることもなく、かといって生地に皺も寄っていない。市販品と見まごうほどのできだ。真宵も驚いたのか、まじまじと俺が作ったそれを見つめている。


「わっ! 私よりも上手かも。朧、すごいです。本当に初めて作ったんですよね?」


 嬉しそうに顔を綻ばせた真宵は、しかし俺の顔を見るなり表情を曇らせた。


「……どうしたんです?」


 俺は小さく首を横に振ると、真宵に尋ねた。


「――真宵、これの名をもう一度教えてくれ」


 すると、真宵は何度か目を瞬くと、笑った。


「……? えっと、おやきです」
「そうか」


 俺は、手の中のそれを繁々と見つめると――どうにも、懐かしさがこみ上げてきて、泣きたい気持ちになってしまった。


 ――おやき。お前の名は、おやきというのか。


 俺はゆっくりと肺に空気を入れると、同じようにゆっくりと吐いた。
 そして、真宵に向かって言った。


「……まるで気が付かなかった。好物なのだ。早く食べたい」
「え」
 すると、真宵は酷く驚いたように、口をぽかんと開けた。


「朧には、好物がないと聞いていたのですが」


 おそらく、凛太郎か櫻子に聞いたのだろう。俺の好物は、付き合いの長いあのふたりですら知らないはずだ。なにせ、名称がわからなければ、教えようがない。


「昔……一度だけ、食べたことがある。その時に、味に惚れ込んでしまったのだ。だが、名を知らなかった」
「そうなんですか。じゃあ早く作りましょう! 朧の思い出の味とは、違うかもしれませんが……今日のおやつ、これにして本当に良かった!」


 真宵は途端に張り切り出すと、もうひとつの生地に手を伸ばした。


「絶対に美味しく仕上げなくちゃ。楽しみにしててくださいね、朧」


 すると、今まで黙って話を聞いていた獣頭の神が、いきなり大声を上げて言った。


「我もやるぞ! 朧なぞに、負けていられるか!」
「勝負なんて、意味ないですってば」
「そういう問題ではない。神とは、常に勝ち続けるものなのだ‼ 敗北など、ありえぬのだ‼」
「さっきの発言と矛盾してません……?」


 こんな風に賑やかに騒ぎながら、真宵と獣頭の神は、せっせと手を動かし始めた。俺はふたりの背中を眺めながら、ふと手の中のそれに視線を落とした。


 丸くて、白くて平べったい。
 焦げ目はないが、紛れもなくあの日のお供え物だ。


 ――また、味わえるなんて。この日まで、生きながらえていてよかった。


 俺は目を細めると、腕まくりをして、ふたりの輪に加わった。