* * *
ピンポーン。
一軒の住宅の前にタクシーを停めてもらい、僕はその家のインターフォンを押した。
風情ふぜいある木造の家。庭には真っ赤な軽自動車が一台。家の奥から玄関に向かって足音が近づいてくる。ガラスの引き戸の前に立ちながら、僕はゴクリと生唾をのみ込んだ。
この場所には以前、海愛と一緒に一度だけ来たことがある。
「……はい?」
玄関から顔を出した人物は、僕を見るなり体をビクリと跳ねさせ、目を丸くした。
「蓮くん!」
ここは智淮さんの自宅。
僕は出てきた智淮さんの腕を掴み、歩き出そうとする。
「智淮さん、なにも言わず来てくれ。時間がないんだ」
「え、ちょ、なに?」
状況がのみ込めていないのか、智淮さんは僕に掴まれた腕を振り解く。
智淮さんはジーンズにTシャツ姿で、髪を後ろで一つに結わえていた。化粧をしていないせいか、いつもより印象が幼い。
「那音が今日、北海道に引っ越すんだ! 今、空港にいるんだよ!」
那音という言葉に智淮さんは過剰反応する。驚いた表情がみるみるうちに暗くなり、静かになってしまった。
「智淮さん?」
「……」
虫の羽音のような細い声がしたが、うまく聞き取れない。
「え?」
「やめて!」