翌日の夕食後、僕は自室で智淮さんに電話をかけていた。智淮さんに電話をかけるのは、今回が初めてだった。
電話番号を交換した日以来、特に要件もなく、電話帳の隅に追いやられていた存在の番号が、まさか本当に使う日が来るなんて、夢にも思っていなかった。
三度目の呼び出し音の後、智淮さんの声が聞こえた。
「……はい」
電話越しの声は、実際の声より大人びている。
「僕、櫻井だけど……」
「……蓮くん? 珍しい。どうしたの?」
智淮さんの元気のない声色の理由は分かっている。
僕はゆっくり、確かめるように質問を始める。
「なんかあったの? 元気ないよね?」
智淮さんは黙り込んでしまった。
沈黙の後、力ない声が耳に届いた。
「……あのね、あたし……那音に別れようって言われちゃった」
電話の向こう側で、啜り泣く智淮さんの声が聞こえた。
やはり、那音の言葉を完全に受け入れられないのだろう。智淮さんはそれからしばらく泣き続けた。
なぁ、那音。智淮さん、泣いてるぞ? お前、このままで本当にいいのかよ?
心の中で那音に問いかけながら、僕は拳を握る。深呼吸をし、言った。
「引っ越すんだろ? 那音」
「うん……だから、遠距離恋愛はあたしのためにならないから、別れようって……あたしは、大丈夫なのに!」
言い終えると、智淮さんは再び泣き出してしまう。
僕は確信することができた。智淮さんも那音も、まだお互いが好きなのだ。
距離が二人を引き離そうとする現実は、僕がどうこうできる問題ではない。無力な自分に腹がたつ。