「私もアナタに失礼なことをしました。アナタも私に頭を上げてほしかった……だからおあいこ」





 変わった子だと思った。



 彼女の言葉に僕は頭の中にあった言葉をそのまま口に出していた。





「名前」





「え?」





「名前、教えてくれないか?」





 彼女は僕の真剣な表情を見て、答えてくれた。





「鈴すず葉は海み愛あ。高校三年生です」





「同じだ」





 彼女の言葉に僕は驚いた。





「アナタも高校三年生?」





 彼女も驚いているように見えた。





「敬語、いらないよ」





「でも……」





「いいから」





 戸惑とまどう彼女に僕は首を縦に振る。

 いつものようにつくり笑いを浮かべればいいだけなのに、こんな時に限って表情筋が仕事をしてくれない。





「じゃあ……アナタの名前も教えて?」





「僕の名前?」





「そう、アナタの名前」





 彼女は微笑みながらそう言うと、眉を下げた。





「櫻井蓮」





「蓮くんね」





 初めての感覚に、緊張感を隠せなかった。





「あ、もうこんな時間!」





 彼女は自分の左手首に巻かれたピンクの腕時計を見つめながら声を上げた。

 僕は思わず体を反射的に跳ねさせる。





「時間?」





「急用で学校を早退してきたところだったの!ごめん蓮くん、またどこかで会えたらいいね!」





「ちょっ……」





 彼女は立ち上がり、長い栗色の髪を靡なびかせながらその場を走り去っていった。





「なんだったんだ……」





 初対面であんなに他人と対等に話したことも、優しくされたこともなかった。

 綺麗に手当てされた拳を見つめ、ホッと僕の口から息がこぼれた。





「あの子にお礼言いそびれたな……」