『うつったら大変だから』
僕には海愛の言葉の意味がよく分かっていた。この体は健康な人たちとは違う。普通なら時間と共に治る風邪でも、僕の体にとっては致命傷になるかもしれない。
それを承知の上でこうして恋人のお見舞いに来ているのだから、馬鹿だと言われたら正直に頷くしかない。
心が逃げていた。
もしかしたら、普通の人と同じような生活ができるのかもしれない。短命というのは嘘で、愛する人と共に長命を全まっとうできるかもしれない。
幸せに触れ続けると、どうにも浮かれた考えばかりが浮かぶようになってくる。
海愛の見舞いに来たのは僕が自分の矛盾した考えと決別するための賭けだった。
「熱は?」
海愛の額に触れる。
「……やっ」
突然の接触に驚いたのか、海愛は身を固くした。
「あ、ごめん」
「ううん、びっくりしただけ……」
急に触れたのはやはりまずかったのだろう。
驚いたせいか、海愛は顔を赤く染めながら苦笑いを浮かべた。
「ほら、あんまり近寄ると本当にうつっちゃうから!」
海愛は近距離にいる僕を両手で押し退ける。
僕は渋々海愛と距離を置いた。
「僕、さ」
「ん?」
帰ろうか?
我ながら可愛くないことを考えてしまう。
僕は喉元まで出かかった言葉をのみ込んだ。