「準備はいい?」
「……はぁ」
なんの準備なのか全く分からないが、適当に相槌を打つ。
雨姫さんがゆっくり音を立てないように扉を開け、僕たちは静かに部屋の中に入る。顔を上げると、そこにはうっすらと汗をかく恋人が眠っていた。
起こしてはいけない、という妙な緊張感が僕を襲う。とてもいけないことをしている気分だった。
僕の様子とは対照的に、雨姫さんは海愛の元へとなんの戸惑いもなく歩み寄っていく。
唇の距離が耳まで近づくと、雨姫さんは妹の耳元で囁いた。
「海愛、蓮くんが来たよ」
その瞬間、ピクリと海愛の体が動く。ゆっくりとした動作で呻き声を上げながら、海愛は寝返りを打つ。跳ね返された布団がベッドの下に落下してしまった。
熱のせいで汗ばむ体。紅潮する頬。伸びたシャツの襟から覗くピンク色の……下着の肩ひも。捲り上がった服のせいで見える脇腹。
途端に言いようのない恥ずかしさに襲われ、僕はすぐさま海愛から目を逸らす。
女性経験が乏しい僕にとって、好きな人の無防備な寝姿など、目の毒以外のなにものでもない。
「んんー、蓮……?」
寝ぼけた海愛の声。
「うん。蓮くんがお見舞いに来てるよ」
笑いを堪えながら雨姫さんは海愛を優しく揺り起こす。
海愛は何度か譫うわ言ごとのように僕の名前を呼んだ後、飛び起きた。
「え、蓮!」
雨姫さんが反動で海愛と頭を衝突させてしまった。なかなかにすごい音がした。
海愛はそんなことなど気にも留めず、目の前の状況が理解できずに瞬まばたきを繰り返す。