* * *
飛行機の飛ぶ音がする。
僕は机に向かいながらシャープペンシルをコロコロと転がしていた。
やる気が起きない。
夏休みが終わり、数か月。待っていたのは実力テストという壁だった。
僕にとって自分の学力を知ることができるいい機会だが、学年一位と言っても、全国で一番になれるか、と言えばそうでもない。教科書の内容だけの勉強では、学力のたかが知れている。
勉強はやればやるだけ自分の力になる。それは嫌というほど実感していた。勉強は、僕が生きている上で唯一時間を忘れられるものだった。
昔はたった一人で生きる覚悟をしながら生きていた。
今は僕を必要としてくれる人がいる。その喜びを知ってしまったから、もうあの頃には戻らない。
僕はパラパラと参考書を捲めくりながら冷めてしまった緑茶をのむ。
将来は、医者を目指そうと思っていた。沢山の人間の命を救いたい、というのは勿論だが、医学に携わっているうちに、自分の治療法を見つけられるような気がしていた。
早く死んでしまいたい。
そう思っていたのは過去のことだ。海愛に出会ってから、もっと生きたい、死にたくないという感情が芽生えた。干からびていた感情が水を得て、活き活きと輝き始めたのだ。
海愛は間違いなく、僕にとって生きる希望だった。
「メールでもしてみるか」
気分転換に、と僕は海愛にメールを送る。
【おはよう。今、なにしてた?】
携帯画面に【送信しました】と文字が表示されると、僕は携帯電話を閉じた。
「……さて、やるか」
パキパキと背骨を鳴らし、渋々シャープペンシルを走らせる。数分後、海愛から返信が。
僕は「待ってました」と言わんばかりに素早くメール画面を確認する。
可愛い顔文字が、画面の中で踊っていた。
【おはよー(^O^) 日光浴してたよ! どうしたの?】
僕は海愛のメールに。
【なんでもない。なんとなくメールしてみた】
と返信し、携帯電話を閉じた。そのまま椅子から立ち上がり、部屋の窓を開けた。残暑の熱気に眉を寄せながら、外気を肺に取り入れる。
そこには透き通るような青空が広がっていた。美しい青に目を奪われた。空に一筋の飛行機雲が浮かび上がる。
海愛。君もこの青空を見ているんだね。
離れていても、同じ空の下にいることには変わりない。
「もうひと頑張りするか」
お茶を淹れ直し、僕は再びシャープペンシルを走らせた。