太陽が沈む頃、母が着替えを持って病室に戻ってきた。夕日ゆうひのおかげで赤く染まった頬を母に気づかれなかったことが唯一の救いだった。

 母は病室の花瓶に花を挿しながら辺りを見渡した。





「蓮、海愛ちゃん帰ったの?」





「うん」





「あら、そう」





 母は納得し、それ以上の追及を止めた。





「そういえば、田辺先生なにか言ってた?」





 母の顔が曇った。些細な変化を僕は見逃さなかった。





「特になにも」





 母は笑っていたが、目を合わせようとしない。なにかを隠している。





「嘘つかなくていいよ」





 人間が嘘をつく時は必ずいつもと違う行動を取る。目を合わせず、ニコニコと歪んだ笑顔を見せる母。

 じっと母を見つめると、その笑顔は容易たやすく剥がれていく。

 沈黙が続く。無機質な心電図の規則正しい機械音だけが、虚しく響いていた。





「体が、限界に近いって」





 母は無表情のまま言った。

 僕は意外にも冷静だった。いつか受け入れなければいけない現実が目の前にある。





「まぁ、そうだよな。薄々分かってはいた」





「そっか……」





 母は力なく僕の言葉に相槌あいづちを打ち、肩を落としてうつむいてしまった。





「僕、死ぬのは怖くないよ」





「……え?」





 穏やかな口調で母に語りかける。





「僕は、生きる希望を見つけたから」





 鈴葉はその小さな体で全てを受け入れてくれた。喜びも、苦しみも、悲しみも、全てを共有しようとしてくれた。鈴葉こそが、紛れもなく僕にとって生きる希望となっていた。