*   *   *







「鈴葉、どこかに出かけようか」





 放課後デートをしながら、僕は提案した。

 幸せそうにドーナツを頬張っていた鈴葉は僕の言葉に手を止める。リスのように膨らんだ頬が愛らしい。

 僕はつき合い始めて以来、休日に彼女をどこにも連れて行っていないことを気にしていた。彼氏らしいことをしたい。それは僕から彼女に向けてのデートのお誘いだった。





「え?」





 僕の言葉に彼女は首を傾げた。





「いや、二人でどこかに行かないかなー、と思ってさ。行きたい所はある?」





「私、観たい映画があるの!」





 彼女は満面の笑みで答える。





「じゃあ、その映画を観に行こう」





 彼女の提案に僕は笑顔で頷く。指切りを交わし、一週間後、会うことを約束した。

 当日、僕は彼女と待ち合わせをした場所に立っていた。





「鈴葉、おはよう」





 約束の時間から十分ほど経ったところで、遠くから走ってくる人影が見えた。





「ごめん! 待った?」





 息を切らせながらやってきた彼女は額に汗をかいていた。





「いや、僕も今来たところだから」





「そっかー……よかったぁ」





 僕の言葉に彼女はホッと息をつき、表情を和らげた。

 多少待っていたとしても、ここは彼女を安心させるのがマナーだろう。

 僕は彼女に優しく言葉をかけ、歩き出す。





「行こうか」





「うん!」





 鈴葉とつき合った、あの日を思い出す。

 無言になることはなくなったが、僕らの距離は一定に保たれたまま。触れそうで、触れない指先。



 手を……繋いだ方がいいのだろうか。



 僕は戸惑いながら機会をうかがう。

 あと少し。また離れる。

 じれったい気持ちを抑えながら、なかなか行動に移せない。

 堪えきれなくなり、彼女に視線を向けると、長い栗色の髪の毛が視界に入った。



 日本人離れした顔立ちに色素の薄いブラウンの瞳。地毛だという美しい栗色の髪の毛。

 鈴葉は母親が日本人とイギリス人のハーフで、父親が日本人という、クォーターという存在だった。

 彼女はそのことを少し気にしている。学校で何度か髪色の問題で呼び出されたりしたこともあるらしい。そしてその外見は見る者を惹きつける。

 実際僕もその一人だったが、彼女から事情を聞いて以来、あまり口にしないようにしていた。





「蓮くん?」





 じっと見つめる僕を不審に思ったのか、彼女は首を傾げた。途端に恥ずかしさに襲われ、慌てて目を逸らす。





「……な、なんでもない」





「変な蓮くん」





 僕は結局、彼女の手を握らなかった。握れなかった、の方が正しい。想像以上に彼女の存在は僕の中で大きくなっていた。



 彼女と生きたい。



 そんな感情が、僕の心に芽生え始めていた。