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「鈴葉、どこかに出かけようか」
放課後デートをしながら、僕は提案した。
幸せそうにドーナツを頬張っていた鈴葉は僕の言葉に手を止める。リスのように膨らんだ頬が愛らしい。
僕はつき合い始めて以来、休日に彼女をどこにも連れて行っていないことを気にしていた。彼氏らしいことをしたい。それは僕から彼女に向けてのデートのお誘いだった。
「え?」
僕の言葉に彼女は首を傾げた。
「いや、二人でどこかに行かないかなー、と思ってさ。行きたい所はある?」
「私、観たい映画があるの!」
彼女は満面の笑みで答える。
「じゃあ、その映画を観に行こう」
彼女の提案に僕は笑顔で頷く。指切りを交わし、一週間後、会うことを約束した。
当日、僕は彼女と待ち合わせをした場所に立っていた。
「鈴葉、おはよう」
約束の時間から十分ほど経ったところで、遠くから走ってくる人影が見えた。
「ごめん! 待った?」
息を切らせながらやってきた彼女は額に汗をかいていた。
「いや、僕も今来たところだから」
「そっかー……よかったぁ」
僕の言葉に彼女はホッと息をつき、表情を和らげた。
多少待っていたとしても、ここは彼女を安心させるのがマナーだろう。
僕は彼女に優しく言葉をかけ、歩き出す。
「行こうか」
「うん!」
鈴葉とつき合った、あの日を思い出す。
無言になることはなくなったが、僕らの距離は一定に保たれたまま。触れそうで、触れない指先。
手を……繋いだ方がいいのだろうか。
僕は戸惑いながら機会をうかがう。
あと少し。また離れる。
じれったい気持ちを抑えながら、なかなか行動に移せない。
堪えきれなくなり、彼女に視線を向けると、長い栗色の髪の毛が視界に入った。
日本人離れした顔立ちに色素の薄いブラウンの瞳。地毛だという美しい栗色の髪の毛。
鈴葉は母親が日本人とイギリス人のハーフで、父親が日本人という、クォーターという存在だった。
彼女はそのことを少し気にしている。学校で何度か髪色の問題で呼び出されたりしたこともあるらしい。そしてその外見は見る者を惹きつける。
実際僕もその一人だったが、彼女から事情を聞いて以来、あまり口にしないようにしていた。
「蓮くん?」
じっと見つめる僕を不審に思ったのか、彼女は首を傾げた。途端に恥ずかしさに襲われ、慌てて目を逸らす。
「……な、なんでもない」
「変な蓮くん」
僕は結局、彼女の手を握らなかった。握れなかった、の方が正しい。想像以上に彼女の存在は僕の中で大きくなっていた。
彼女と生きたい。
そんな感情が、僕の心に芽生え始めていた。