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足を引きずりながら梅雨つゆが明けたばかりの通学路を歩く。真夏でもないのに尋常ではない量の汗をかく。キリキリと痛む心臓を押さえながら、僕は帰宅を急いでいた。
有事ゆうじの時は母を呼ぶように言われていたが、僕はその言いつけを守ろうとはしなかった。
あわよくば、死んでしまえばいい。そうすれば、母さんも僕のような存在から解放される。
そう思っているのに、死にたくないという自我が邪魔をする。矛盾した考えに、僕は血が滲にじむほど悔しい気持ちを抱えていた。
「ちくしょう……」
悔しさのあまり、気がつけばコンクリートの外壁を衝動的に殴りつけていた。
じんわりと滲む血と痛み。加速していく虚無感。
母の悲しむ顔が脳裏を過よぎる。
母は若くして結婚し、僕を生んだ。息子の僕に障害があると分かってからも、母は僕を手放そうとはしなかった。僕が三歳の時、父は育児に疲れ果て、母とまだ小さな僕を置いて家を出た。そこから始まった母との二人暮らし。それから何度母の涙を見てきただろう。元から涙なみだ脆もろい性格の人だったが、原因のほとんどは僕と関係していた。
泣きながら母は「ごめんね」と繰り返し僕を抱き締める。
僕が生きているから母が毎日ツラい思いをする。僕がいなければ、母は幸せになれたのかもしれない。今の僕には母を幸せにする力も、自ら消える決断もできない。
なにもできない自分に腹が立って仕方ない。
叩きつけた拳は脈打つように痛み、血が滴る。動かせるところを見ると、骨折はしていないようだ。
「はは、痛てぇや……」
情けなくなり思わず笑みがこぼれる。同時に僕の脳内に主治医の言葉が再生された。
『本当に小さなケガだったとしても、君の体にとっては命取りになるかもしれない。傷口から細菌が入って、大きな病気に発展する場合もあるんだから』
僕は血が滲む拳を前に呆然とした。早く止血をして消毒をしなくてはならないことは分かっているが、心臓の痛みと不安定な心が思考を鈍らせていた。
「どうしよう……」
僕は道の片隅で一人、絶望した。その時。