* * *
「失礼します」
ガラリと扉を開き、中へ入る。保健室はいつものように静まり返っていた。ベッドの古いバネが軋む音がする。
「あれ? 蓮、今日来るの早くない?」
莎奈匯はいつものように特等席とも呼べる窓際のベッドから身を乗り出し、カーテンの隙間から顔を覗かせた。
「お前も十分早いだろ。先生は?」
「んー、さっき出ていったから、会議かな?」
「ふーん」
莎奈匯と僕は、保健室でのみ会う友達だった。保健室以外の場所での会話はない。
二年生と三年生では教室の階が違うのだから、これといって不思議なことではなかった。
莎奈匯と出会ってから僕は、一人きりではなくなった保健室登校が少しだけ嫌いではなくなっていた。かと言って好きになったかと聞かれたら、そうではない。話し相手ができた空間に、ほんの少し安らぎを見出しているに過ぎなかった。
「でもさぁ、蓮って本当に頭いいよね! 頭良すぎて逆に常識なかったりして!」
莎奈匯は笑いながらそう言った。
「頭がいいのは勉強してるから。あと、常識がないって言うな」
「え、なにそれ! じゃあ私に勉強教えてよ!」
ベッドから飛び起き、裸足に乱れた制服のままかけ寄ってくる莎奈匯。女、というより妹のような存在だった。
「宿題、一緒にやって? 提出期限が今週までなの」
鞄を漁りながら莎奈匯は僕に頼み込む。
数秒後、ドサリと机に置かれた分厚い紙の束に、僕は静止した。
「おい莎奈匯、これは……」
「はい! 夏休みの課題です!」
恐る恐るパラパラと分厚い紙束をめくってみる。予想通り、どのページも全く手をつけていない状態だった。
「五百円」
「えっなに、お金取る気?」
「安いだろ。僕がこの分厚い紙の束、全部解いてやるって言ってんだから」
「えー、お願い! せめて半額に……!」
「嘘だよ。ペン貸せ」
内容を確認するために僕は莎奈匯の課題をパラパラとめくりながら手を差し出す。
彼女からシャープペンシルを受け取ると、僕は問題を解き始めた。