彼女が僕の腹部に抱き着いていた。
やわらかい、女の子の感触。花のような香り。全て、体験したことのないものだった。
そんな状況に僕は困り果て、一層深い溜息をついた。
「近い未来、僕は必ず君を置いて逝く。そうしたら必ずツラい思いをするだろ」
「蓮くんのツラさに比べたら、へっちゃらよ」
どうして彼女はこんなにも強いのだろう。この先待っている未来が暗いものだと知りつつも、臆おくすることをせず、立ち向かおうとする。
眩しい光に、思わず目を背けたくなった。
「僕で、いいのか」
彼女のことが不思議でならなかった。
この優しさも、全てが嘘なのではないだろうか。現実が信じられない。
「私は蓮くんがいいの」
鈴葉は笑っていた。
今なら那音に共感できる。恋って、いいな。守りたいものができるって、こんな気持ちなんだな。
「私をアナタの彼女にしてくれる?」
鈴葉は僕に問いかけながら、抱き着いていた腕を放した。
彼女の言葉に僕はしばらく考え込んだ後、ゆっくりと首を縦に振った。
「うん」
僕は笑った。とても満ち足りた気分だった。
欲しがっていたものを与えられた子供のような満足感。反面、心にぽっかりと穴が開いてしまったかのような虚しさが僕の心を埋めていた。
「やっと笑ったね」
僕は初めて彼女の前で本物の笑顔を見せることができた。
「君の前で笑ったのは初めてだ」
「そうだね」
「うん。ようやく笑えた」
彼女の涙は乾いていた。
僕は鈴葉に何度も勇気づけられ、励まされてきた。今度は、僕が彼女を励まし、精一杯の愛情を注いでいこう。
それが、今の僕にできる精一杯のことだから。
僕は一人で生きる孤独に堪えられなかった。
それだけ。
ただ、一人で死んでいくのが怖かっただけだ。
「これから、よろしく」
「私こそ、よろしくお願いします」
お互い笑顔で笑い合えたのは、これが初めてだった。