その日の夜、私は優を寝かしつけた後、台所で二人分の珈琲を淹れ、リビングへと戻った。私から珈琲を受け取った神谷くんはすぐカップに口をつける。

 お互いに一息ついたところで、私は彼に声をかけた。





「ねえ神谷くん」





「ん?」





「私、神谷くんのことが未だに理解できない時がある」





「え、例えば?」





「性格とか、考えてることとか」





「あー、そうなんだ」





 神谷くんは私の言葉に曖昧な返答をし、手に持っていた珈琲を置いた。

 三十歳を目前に、私たちは決断の時を迎えていた。



 神谷くんはその瞳の奥に、なにを映しているのだろう。



 私は甘い珈琲をのみながら、神谷くんの様子を静かに見つめていた。緊張と、平穏が入り乱れる空間。私はカップの中でスプーンを回しながら時計に視線を向ける。針は二十三時を示していた。





「あっ……」





 少し動いた拍子にカチャリと音を立て、私の手元から珈琲スプーンが落下した。同時にこぼれた珈琲が床に茶色い染みを作る。その様子を呆然と見つめる私に神谷くんは心配そうに声をかけた。





「海愛ちゃん、大丈夫?」





「……え?」





「顔色も悪いし、もしかして体調悪い? こんな時間まで居座って、気を使わせてたなら俺、今日はもう帰「待って」





 立ち上がろうとした神谷くんの腕を咄嗟に掴み、私は彼を引きとめた。私の行動に、神谷くんは驚いた表情を浮かべていた。





「待って……帰らないで……そこに座って」





「う、うん」