「おいで、優」





 俺は足にへばりつく優をそのまま抱き上げ、台所に向かう。





「神谷くん、お仕事お疲れさま。おかえり」





「ただいま」





 海愛ちゃんは台所で夕食を作っている最中だった。今日はカレーのようだ。

 海愛ちゃんの後ろ姿をしばらく見つめていた俺は、抱き上げていた優を下ろし、エプロン姿の彼女に声をかけた。





「今日はカレー?」





「そうだよ! カレーと、あとはサラダ。手抜きかな」





「そんなことないよ。絶対美味しい」





「そうかな」





「うん。海愛ちゃんの料理はなんでも美味しいから」





 そう言って、俺は背後から海愛ちゃんを抱き締めた。彼女の体が驚きで強張る。





「ちょっと、神谷くん!」





「はー、今日も疲れた」





「苦しいよ、神谷くん」





「ごめん。でも……少し、このままでいさせて」





 海愛ちゃんが未だ櫻井蓮を忘れられないと知っていてこんなことをするのだから、俺は本当にズルい人間だと思う。

 海愛ちゃんは、弱った人を放っておくことのできない優しい人間。俺はそんな彼女の性格を利用するズルい男。

 彼女は俺の言葉に抵抗を止め、鍋の火を消した。