*   *   *







「ママ、ママ」





「優、いい子にしててね」





 蓮の死後、私は月に一度、息子の優を連れて蓮の墓参りに訪れていた。新しい水と花に変え、線香を供そなえたところで、私は溜息をついた。【櫻井家】と刻まれた墓石。故人の横に新しく刻まれた、蓮の名前。

 こうして蓮の墓参りに訪れるたび、私は彼と戸籍上の繋がりがなにもないのだという現実を突きつけられる。彼は最後の最期まで、私と入籍してはくれなかった。

 肉親でなければ、妻でもない。恋人として止まった彼との時間は、もう二度と戻らない。





「ねえ蓮……私、どうしたらいいの? 私まだ、アナタを愛してるの」





『僕がいなくなっても……ちゃんと、やっていける?』





『うん』





『僕がいなくなったら、もうお前を守ってやることもできなくなるから』





『寂しいけど……頑張る』





 そう言って、蓮と約束を交わしたのはいつだっただろう。あの頃は、愛する人を失う悲しみがこんなにも大きいものだと知らなかった。蓮が残してくれた、優がいたからこそ、私は生きる希望を失わず、生きなければと思うことができた。

 蓮は私が籍を入れたいと言った時、私の目をまっすぐ見て言った。





『僕の勝手だけれど、それはダメだ』





『どうして?』





『海愛を心の底から愛しているからだよ。だから君には過去に囚われず、前に進んでほしいと思ってる。僕のわがままを許してくれ』





 当時の私は蓮の言葉に隠された真意を知らぬまま首を縦に振った。蓮が言っていた「過去に囚われる」という言葉の意味を、私は左手の指輪を見てようやく理解し、苦笑いを浮かべた。

 眠気が襲ってきたのか、ぐずり出す優をあやしながら、私は蓮の眠る墓の前で動けず立ち尽くしていた。





「蓮、私……いつになったら前に進めるのかな」





 月日は流れ、それから五年の歳月が経過した。