「アナタ、櫻井蓮でしょ」
声の主は僕の名前を知っていた。
見知らぬ人間に名前を憶えられることをした記憶がない。しいて言うなら、成績と、日頃の生活態度が原因だろうか。
「君は?」
「へー……アナタが櫻井蓮ねぇ」
声の主はまじまじと僕の顏を覗き込む。
その所作で、はだけた制服の胸元から谷間が見える。僕は咄嗟に視線を逸らした。
「質問に答えろよ」
声の主は僕が視線を逸らしていることに気づくと口角を吊り上げた。
彼女は僕のベッドに腰かけながら大きく開いたシャツの胸元を正ただした。
「わたし、二年の中津なかつ莎奈匯さなえ。珍しい漢字でしょう?」
彼女は自らの手の平にどこから取り出したのか、黒いマジックペンで自分の名前を書いてみせた。
「確かに。え、二年?」
同級生だと思っていた目の前の女の子が年下だということを知り、僕は驚く。
彼女はフンッと鼻を鳴らして言った。
「年下のくせに生意気だって?」
「いや、そうじゃなくて……同級生かと思って」
「わたしが?」
「うん」
莎奈匯は僕の言葉に「ふーん」と納得する。そして僕との距離を詰めて言った。
「ねえ櫻井先輩!」
「蓮でいいよ」
「じゃあ蓮! わたしのことも莎奈匯って呼んでね」
「分かった」
「で、知り合った記念にお願い」
莎奈匯は満面の笑みでさらに詰め寄り、言った。
「わたしの彼氏になって?」