「私が受け持った子たちがこうして成長し、私の元に帰ってくるとは夢にも思わなかった」





「先生?」





「……これもなにかの縁かもしれないね。神谷くん、そこに座りなさい」





 田辺先生は俺に向かいの席に座るように促す。先生の言葉に一瞬戸惑ったが、決心し、「はい」と小さく返事をした。

 日没後、暗くなった室内の電気を点けながら窓のブラインドを下ろし、俺はようやく腰を下ろした。

 田辺先生は沈黙を続けた。堪え切れず、口を開いたのは俺。





「先生、櫻井のこと……話してください」





「……神谷くん、もし君に嫌なことを思い出させてしまったら、ごめんね」





 田辺先生の言葉に俺は自分の左手首を見つめ、苦笑する。一生消えない自傷痕は今も俺の胸を締めつける。成長と共に過去の記憶は薄れているが、手首と背中に残る痕が、忘れかけた記憶を呼び覚ますのだ。

 俺は、人前で服を脱いだことがない。恋人相手でも、背中を見せたことはない。

 忌々しい記憶に俺は奥歯を噛み締める。そんな様子を悟られないように、俺は首を縦に振った。





「大丈夫です。続けてください」





「……神谷くんがこの病院に運び込まれた時、私がした男の子の話を覚えているかい?」





 田辺先生の言葉に俺は薄れた記憶を辿りながら首を傾げた。





「はい。確か……生まれながらにして短命というリスクがあった先生の患者さんですよね。それがどうかし……まさか」





 俺の過去と先生の話を繋げれば、辻褄つじつまは合う。否定しようにも、現実は変えられない。



 嘘だ……そんな、まさか。



 カタカタと体が震え、目が泳ぐ。動揺する俺の姿を見て田辺先生は首を縦に振った。