「……痛かっただろう。ツラかっただろう」





 背中を擦られ、ハッとした。着替えの際に背中の傷を見られたのだろう。消えない無数の火傷痕は虐待の証拠だった。



「負け犬」になった瞬間から、俺は両親から「制裁」を受けるようになった。泣いても喚いても終わらない。両親からの暴力に、精神はギリギリまで追い詰められていた。



 全ての元凶は、あいつ。櫻井蓮に直接的な怨みはないが、そう思わずにはいられなかった。そうしなければ、心が壊れてしまいそうだったから。



 思い込みは記憶に刷り込まれ、偽りだった感情は、いつしか本当の憎しみに変わった。

 田辺先生は俺を見つけてくれた。先生は、俺自身を見てくれた、初めての大人。それが同情だったとしても、当時の俺には神様のような存在に思えた。

 やっと俺のことを見てくれる人が現れた。その事実に感情は昂たかぶり、制御できなくなった。





「わあああああああああああああっ! う……ううっ……」





 田辺先生の胸を借り、思いきり泣いた。感情のままに泣き叫ぶのは気持ちよかった。

 落ち着きを取り戻した頃、俺は田辺先生に自分の置かれていた状況を話した。





「俺……医者になることを両親から強制されてたんだ。本当はそんなこと思ってなかったのに」





「そうか」





「でも決めた。俺、先生みたいな医者になるよ」





 田辺先生は驚いていたが、とても嬉しそうに笑った。





「君が大きくなって私の前に戻ってくる時を楽しみに待っているよ。だから、先生と約束してくれ。自分を大切にするって」





「分かった。約束する」





 俺は田辺先生と指切りを交わした。

 高校卒業を機に一人暮らしを始め、大学で俺は櫻井蓮と再会した。蘇る忌まわしい過去。



 お前は俺のように傷つき、挫折を経験するべきなんだ。成功だらけの人生の中で、彼女を失うことくらい、お前には安いもんだろ。



 それなのに。どうしてもうまくいかない。



 ああ、イライラする。