「海愛、もう帰るの?」





「うん。帰って課題しないと」





「そっか、大変だね。また明日ね!」





「うん! またね」





 梅雨入りの少し前、友達と別れた私は大学の片隅を一人で歩いていた。両手に抱えた大量の資料が落ちないように気をつけながらレンガの道を歩く。意識は上の空。

 神谷さんとの一件があってから、蓮は私と目を合わせてくれなくなった。喧嘩をしたわけではない。蓮はいつものように優しく接してくれる。優しく髪を撫で、愛してくれる。

 彼の全ての行動が不安の種に変わる。私を見てくれない。それがこれほどまで寂しいものなのだと私は初めて知った。

 なにかあるのなら、きちんと相談をして欲しい。隠しごとはしない、という約束はどうなっているのだろうか。





「はあ……」





 私は溜息をつきながら重たい足を引きずる。





「うわ!」





 強風に煽られ、授業で使う資料が一枚飛んでしまった。

 我に返り、パンプスのままかけていく。ようやく芝生の上に落ちた資料を拾い上げた時、背後から声をかけられた。





「これ、落としましたよ」





「あ、すみませ……」





 もしかしたら、この資料の他にも気づかず落ちてしまったものがあったのかもしれない。   

 振り返った先には見覚えのある顔。私の表情が一瞬のうちに曇る。





「どうも」





 軽く頭を下げ、落ちてしまった資料を受け取る。相手は困ったように笑った。