「すみません」
変えようのない事実を前に、謝罪の言葉を述べることしかできなかった。
改めて自分の無力さを思い知らされ、僕はそのまま頭を垂れる。
僕らのやりとりをずっと見ていた海愛は、突然、机を勢い良く叩いた。
大きな音と共に緑茶が数滴跳ね、僕と海愛の家族は反射でビクリと肩が跳ねた。
驚いて音のした方に視線を向けると、そこには鋭い視線を父親に向ける海愛の姿があった。
「お父さん、そんなこと私がよく分かってる。普通の幸せってなんなの? 健康で誠実な人と結婚して、長生きして死んでいくことが、本当の幸せなの?」
低く、唸るような怒声。海愛のそんな一面を見るのは初めてだった。
「どうしてお父さんが私の幸せを勝手に決めるの? 私は自分の幸せを、自分で見つけたの」
「お前はまだ若い。一時の情熱でこれからの人生を決めるなんて、青い証拠だろう。私はお前が大切だからこそ、お前のためを思って言ってるんだ」
僕はなんの反論もできなかった。
海愛の父親の言葉は間違っていない。親が子を思うが故の心理だろう。
海愛は実の父親に一歩も引かず、自分の思いをぶつけていた。
「私は、彼のために人生を棒に振るなら、それでもいい。今ここで彼と別れたら、私はこの先の人生を一生後悔するわ……愛してるの」
海愛の言葉に、僕は思わず泣きそうになってしまった。