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 この春、僕は田辺先生の母校である大学の医学部に進学することが決まっていた。

 進学先を偏差値ではなく、あえて田辺先生の母校にした理由は、恩師と同じ場所で学びたいという僕の強い意志があってのことだった。そのため、不要になったものや、もう使わない教科書などが所狭しと並べられた自室の片づけをしていた。



 僕はふとベッドの上に投げ出したままの携帯電話を手にする。電話帳の中の一件の番号を見つめ、溜息をついた。





「言わなきゃ、ダメだよな……」





 僕の視線の先に表示されていたのは、那音の電話番号だった。

 数か月前、遠い北の土地に引っ越した親友は、今頃どうしているのだろうか。卒業してから、僕は那音と連絡を取らなくなっていた。

 僕には那音にどうしても言わなくてはいけないことがある。それは長年隠し続けてきた僕自身のことだ。



 僕は那音の電話番号が表示されたままの携帯電話を握り締め、緊張していた。何度も電話をかけようとするが、なかなか決心がつかない。

 一番の秘密を打ち明けるというのは、簡単なことではないのだ。

 大きく息を吸い込み、勢いのまま那音に電話をかけた。数秒後、久しぶりに聞いた親友の元気そうな声に、ホッと肩の力が抜けた。

 安堵と共に訪れた、不安。