音楽というと、榊先生の変わりかな?

確か、持病の胃潰瘍がどうとか言っていた気がする。

榊先生には気の毒だけど、どうせ教わるならおじいちゃん先生より、若いこの先生の方が嬉しい。

明日早速、美智に教えてあげなくっちゃ。

この高校、若い男の先生率がもの凄く低いから、女子の間では結構不評だ。

若くて、良い声で、顔は見えないけど、ピアノが上手な音楽の先生。

きっとモテるに違いない。

「今の曲、ショパンの『別れの曲』ですよね?」

「そう。別れの曲。……良く分かるね。好きかい?」

男の言葉に、綾はコクンと頷いた。

「はい。ちょっと切ない、優しい曲ですよね」

「今日は素敵な観客さんが出来たから、ちょっと真面目に弾いてみようかな。1曲、付き合って貰えるかな?」

男が、首を傾げて問う。

その声音はとても穏やかで、綾の耳に心地よく響いた。

――もう少しなら、まぁ、良いか。

この先生のピアノも、聞いてみたいし。

「はい。一曲ですね。良いですよ」

窓の外から差し込む淡い月の光を浴びながら、綾は、鞄を胸に抱えたまま、ピアノに近い席にちょこんと座った。

「それでは、君の好きな『別れの曲』を――」