「ずいぶん遅くなったようだけど、どうしたんだい?」
やはり、無理に感情を抑えているような、揺れる声音。
何だろう。
この人、泣きそうなんじゃないかな?
悲しいことでもあったのかな?
そんな気がした。
「あ、今日は図書委員の貸し出し当番で……。いつもは友達が手伝ってくれるんですけど、今日は用事があって、先に帰ってしまって……」
「……そうだったの」
しどろもどろになりながらの綾の説明に、答える男の声には、微かに笑いの微粒子が含まれている。
なんだかよく分からないが、自分の言葉が男の心を少しでも上向きにしたのなら、ちょっと嬉しい。
そう感じる一方、綾の心にふと疑問がわいた。
――この人は、いったい誰なんだろう?
「あの……新しく来た先生ですか?」
綾は唯一思いついた、男性の素性を口にしてみた。
「ええ。そんな所です……」
ああ、やっぱり。
綾は、納得した。
どう見ても生徒には見えないし、教職員の中にも見覚えはなかった。
残る選択肢は、新任の教師くらいだ。
きっと、産休か病欠の先生の代わりにでも呼ばれた、臨時の教師なのだろう。
「音楽の先生……なんですか?」
「はい。他に能がなくて」
男が、静かに笑った。
少し、自嘲気味に。
そして、悲しげに。