薄闇に目を凝らしてみると、音楽室の引き戸が、半分開いているのが見えた。

綾の位置からほんの7、8メートルで階段がある。

でも音楽室の前を横切らねば、階段にはたどり着かない。

このまま突っ切るか、それとも反対の西階段まで行くか迷っていると、つま弾き程度だったピアノの音が突如、綺麗なメロディを奏で出した。

「あれ? この曲……」

聞き覚えのある曲だった。

良平が、好きだと言って良く弾いて聞かせてくれる曲。

確か――ショパンの『別れの曲』

美しい、切ないメロディが、夜のとばりに包まれた校舎に響き渡る。

綾は、ふらふらと、何かに引かれるように音楽室へと入って行く。

暗い音楽室。

窓際に置かれている、黒いグランドピアノ。

その前に、男が座っていた。

ピアノを弾いているのは、彼だ。

多分、高校生じゃない。

もっと大人の男性――。

外灯の淡い光に、微かに浮かび上がるシルエット。

なめらかに踊るように鍵盤の上を滑って行く、繊細で長い指。

ああ、良平の指に似ているなぁ。

とても、綺麗。